お正月の新聞には、「米財務省、ビッグスリーに公的資金を注入」という見出し。テレビをつければ「日比谷公園で野宿する人に厚労省が講堂を解放」というニュース。驚いた。まるでSF小説を読んでいるみたいだが、これが現実だ。マルクスやレーニンの予言が実現しつつある。これはたぶん「資本主義の自己崩壊」の静かなる序幕なのかもしれない。こういう時代になるといくら目の前の現象や数字を分析しても次は見えない。現象よりも大局を観る。科学的手法よりもむしろ歴史観、思想、そして哲学を手がかりにしたい。そこで今回は世界を読むための5冊、次回は日本を動かすための5冊を紹介したい。

1.ジャック・アタリ『21世紀の歴史』(作品社)
 ミッテラン大統領の補佐官や欧州復興銀行総裁なども務めてきたフランスの碩学。作家、思想家でもある。ソ連崩壊や金融バブルなどを早くから予見した。2006年に書かれた本書では「マルクスの予言は正しく、2025年までに米国の資本主義は破滅する」と言い切っている(実際はもっと早いペースだったが)。その後の世界は大混乱が続く(超紛争)という。そして2060年ごろに「超民主主義」がようやく定着し、人類は破滅を免れるという。

2.ジャック・アタリ『反グローバリズム―新しいユートピアとしての博愛』(彩流社)
 99年に書かれたこの本では1.の「超民主主義」のもととなる博愛思想を説明する。アタリは、民主主義を市場主義が破壊するのが現代の脅威だとする。その上でそれを防ぐのが「博愛主義」であり、既に庶民金融(マイクロクレジット)やNPO、環境運動に「博愛主義」が見られるという。そしてこの原理はフランス革命の自由・平等・博愛の伝統に根差すが、「自由」「平等」に比べ「博愛」はおざなりにされてきたという。その上でアタリは一種のユートピア思想を推す。つまり、「博愛」がいずれは地球規模で広がり世界を救うしかない。そのためには「見返りを期待せずに自分をささげよう」と呼びかける。やや狐につままれた気分になるが政府の要職を務めた著者がそう叫ぶと逆に危機感が高まる。

3.田中明彦『新しい中世』(日経ビジネス文庫)
 96年に出た当時もたいへん話題になった本。冷戦後、米国の一極支配も続かず、いずれ世界は相互依存を深めながら、多層的秩序が入り乱れる時代になるという予言だ。参考になるのが西洋中世だという。西洋中世ではローマカトリック教会という国家を超えた存在が全体をつないで支配した。先進国を中心にこれからの世界も国際機関などが国家や領土を越えて影響力を行使し、国家や領土という観念が緩んでくるという。その後の投資銀行やイスラム原理主義などの発展を見るとまさにこの予言は当たっている気がする。国家を基軸に社会や世界をとらえる発想を問い直すべき時代だ。

4.レーニン『帝国主義論』(光文社文庫)
 この本は92年前に書かれた。だが、この本が予言したことがまさに今、世界で起きている。肥大化した金融資本が世界を分割支配し、国家を動かすという予言である。最近の20歳前後の学生たちは左翼の功も罪も知らない世代だ。だが慶應大学(SFC)の僕のゼミ生の多くが「大いに共感した」という感想を寄せた。大昔に読んだ人ももう一度、再読の価値ありだ。

5.堀紘一『世界連鎖恐慌の犯人――アメリカ発「金融資本主義」の罪と罰』(PHP研究所)
 堀紘一はボストンコンサルティングの日本法人を育てた人物。マッキンゼーを育てた大前研一氏と並ぶ経営コンサルタントの草分け的存在である。二人とも70年代からずっと米国企業と付き合ってきた親米派である。その二人が最近、「アメリカはもうかつてのアメリカではなくなった」と嘆く。経済のことではない。良心やモラルの衰退を嘆く。掘氏は、その最たるものがこの10年の投資銀行の蛮行の数々だという。私もいくつか仄聞してきたが今何が起きているのか、素人にうまく説明した本だ。

 次回は日本を動かすための5冊を紹介する。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生など編著書多数。