2008年は,携帯電話の純増数でソフトバンクモバイルの躍進が際立った一年だった。au(KDDI)はMNP(携帯電話の番号ポータビリティ)開始直後の勢いにかげりが見え始め,NTTドコモは新ドコモ宣言を打ち出して守りに入った。JPモルガン証券 株式調査部 エグゼクティブディレクター シニアアナリストの佐分博信氏は,2009年の注目事業者にKDDIを挙げる。

(聞き手は榊原 康=日経コミュニケーション


佐分氏の眼
携帯電話の契約数 2010年3月末で1億1145万件
端末の販売台数 2009年度は4100万台
端末メーカーの動向 淘汰が進む
2009年に注目の事業者 au(KDDI)
その理由 FMCで独創性を発揮し,いかに回復するか

携帯電話の契約数は2009年度にどの程度伸びそうか。

 2009年3月末で対前年度比5.5%増の1億755万件,2010年3月末で同3.6%増の1億1145万件と予測している。2009年度の純増数は2008年度に比べると減るが,それでも400万件弱増える。

 携帯電話は既に行き渡った感があるが,2台目需要がある。音声用途は正直分からないが,データ通信用途は2台目需要が確実にある。特に法人ユーザーはBlackBerryのような端末を会社から支給されるケースがある。個人でもインターネット接続の用途でスマートフォンを2台目に持つユーザーがいる。

端末の販売台数が落ち込んでいるが,2009年以降はどうなると見ているか。

 アバウトな数字になるが,2008年度(2008年4月~2009年3月)の販売台数は3950万台,2009年度(2009年4月~2010年3月)は4100万台と見込んでいる。足元(2008年12月)の商戦も売れている印象はなく,景気の影響もあって2008年度は大幅に減る。2009年度はその反動もあって少し増えると見ている。

 携帯電話のユーザー数は現在1億人強で,3年前後で端末を買い換える。この買い替えサイクルで安定すると,年間の販売台数は3600万台前後。これに純増数が上乗せされる。年間の販売台数は中期的に4000万台で落ち着くと予測している。2008年度は買い替え抑制が働いており,本来は買い換えるべきユーザーが一時的に買い控えている。ただ,いずれ端末を買い替えるので,2009年度は販売台数が増える予測となっている。

販売台数の減少で端末メーカーは厳しい状況に直面している。国内の端末メーカーは何社程度生き残れそうか。

 メーカーは担当外なので無責任なことは言えないが,ある程度淘汰が進むと見ている。年間の販売台数が5000万台から4000万台に2割減れば,それに見合ったメーカー数に絞られるのは理にかなっている。さらに今後はスマートフォンを中心に海外メーカーが進出してくる。国内の端末メーカーは,現在の販売不振以上に苦しむ可能性がある。

FTTHの普及はテレビがカギを握る

2009年に注目する携帯電話事業者は。

JPモルガン証券 株式調査部 エグゼクティブ ディレクター シニア アナリスト 佐分博信氏
JPモルガン証券 株式調査部 エグゼクティブ ディレクター シニア アナリスト 佐分博信氏
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 KDDI。2008年は完全につまずいた分,迷走からの脱却に注目している。KDDIは,MNPの開始後2年間という時間軸で見れば最大の勝者だが,後半の1年はソフトバンクモバイルに追い上げられ,足元はNTTドコモにもユーザーを奪われている。新しい端末プラットフォーム「KCP+」でもつまずき,長く引きずった。

 さらに端末販売では当初「フルサポートコース」に軸足を置いていたにもかかわらず,2008年度に入ってから「シンプルコース」と言い始めた。これではユーザーや代理店は混乱する。端末のラインアップもMNPを意識し過ぎたのか,NTTドコモのユーザーに受け入れられそうな万人受けの端末に寄ってしまった。完全に迷走しており,この状況をいかに立て直してくるかに注目している。

 これに対してNTTドコモは我が道を進んでいる。新ドコモ宣言で既存ユーザーの満足度向上を図る方針を打ち出し,解約率は0.4%程度まで下がっている。これには2in1の解約も含まれているので,実質の解約率は0.3%程度と,驚異的な数字を出している。最大のシェアを握る事業者として,この戦略は正しかった。では,今後攻められるかというと話は別だが,守りはとにかくうまくいった。

 KDDIはNTTドコモに蛇口を閉められ,ソフトバンクモバイルにはターゲットにされ,間に挟まって苦しい思いをしたのが2008年。2009年はこの状況をどこまで打開できるか。

KDDIで注目している点はあるか。

 KDDIが目指しているFMBC(fixed mobile and broadcasting convergence)戦略は間違っていないと思う。現在は携帯と固定でそれぞれ分かれているが,将来はNGN(次世代ネットワーク)のコア・ネットワークに統合されていく。FMC(fixed mobile convergence)は概念ばかりが先行して懐疑的に見る向きが多いが,ネットワークやサービスは着実に融合に向かっている。個人的には,次のブレークスルーが見えない状況で,今後新たな付加価値を提供できるのはFMCしかないと考えている。KDDIがFMBCで独創性を発揮し,低迷からいかに回復できるかに注目したい。

 話は固定に移るが,FTTHの普及はテレビがカギを握っていると考えている。現状,ユーザーがFTTHに加入する理由は二つ。一つはインターネットへの高速アクセス,もう一つはIP電話による電話料金の削減だ。映像系サービスの利用は,必ずしもFTTHを選ぶ理由にはなっていない。

 なぜなら,現在あるものの置き換えに過ぎないから。テレビがFTTHにつながることで,NHKオンデマンドやアクトビラなどの映像配信サービス,地上デジタル放送のIP再送信が広がるのは間違いない。しかし確かに便利ではあるが,現状ではなくても別に構わない。これではブレークスルーしない。

 やはり,テレビがネットにつながることで,どのような新しい付加価値を提供できるかが重要になる。そこで有望と見ているのが,ポータル画面の提供だ。例えば米アップルのiPhoneやiPod Touchではユーザーがアプリケーションを自由にダウンロード/インストールでき,Podcastではあらかじめ登録したコンテンツを自動的にダウンロードしてくれる。この世界観は非常に優れている。

 これに対して現在のIPTVのメニューは,無味乾燥な画面になっている。ニュースのテロップや株価のチャートはもちろん,視覚的に分かりやすいアイコンやウィジェットを活用してユーザーの動線を作ってあげる必要がある。テレビがお茶の間の情報,エンターテインメントの窓口となり,コンテンツが自動的に入ってくる世界だ。テレビがこのような端末に変わっていかなければFTTHををつなぐ意味はない。

 もっとも現状では,テレビのスペックがボトルネックとなる。IPTVのメニューが無味乾燥としているのも,あらゆるテレビのスペックに対応しなければならないから。ただ,メーカーも商機があると分かればテレビの高性能化を図っていく。2009年に実現するような話ではないが,こうした動きにも期待したい。