かつて持っていた強みが環境の変化で弱みに転化するというのはよくある話だが,米自動車ビッグスリーにとってはそれは「トラック」だったようだ。彼らは,かつてはトラックに笑い,そして今,トラックに泣いている。

 「かつてはトラックに笑い」というのは,80年代から90年代にかけて,ビッグスリーが米国の自動車市場1700万台の半分近くをトラック系に誘導したことを指す。そのうえでプラットフォームの種類を絞って大量生産することにより,1台当たりの利益率を上げて,高収益を達成した。全盛期には1車種当たりの年間生産台数が100万台を超えるものも登場し,1台当たりの営業利益は1万米ドルを超えたという(NBonlineの関連記事)。

「古き良き西部開拓精神」

 トラックと言えば,農業や建設などの業務用が一般的だが,米国市場ではトラックの中でも大型乗用車の後ろの座席を荷台にしたようなピックアップトラックが主流である。西部開拓時代に馬車の荷台に生活道具などを載せて西部を目指したように,キャンプ道具やスポーツ器具などを気軽に拾い載せて(pick up),バカンスやスポーツを楽しむという使い方だ。米国人が持つ「古き良き西部開拓精神」への郷愁をかきたてると共に,それをクルマで広い国土を移動する生活スタイルに結びつけることにより,トラックを乗用車的に使うマーケットをビッグスリーは創出した。

 日経ビジネス誌の取材によると,米国のトラック市場を顧客別にみると,4:4:2になるという(11月10日号,「奈落の自動車市場~米ビッグスリー落城前夜」,pp.6~11)。最初の4割が農家,次の4割が建設関係者で,残りの2割がファッションとして趣味で乗る人たちだという。農家や建築関係者は仕事用なので安い標準仕様で十分だと考えるが,趣味で乗る人たちは豪華な装備を付けて単価を引き上げる。これがビッグスリーにとって美味しい市場だった。

 しかし,2008年に入り,ガソリン価格の高騰,金融不安という環境変化の中で,その美味しいはずの趣味で乗る人たちのトラック離れが進んだ。建設関係者も住宅市場の低迷で買い控えている。「現在,確実に計算できるのは農家を中心とする4割の顧客に過ぎず,建設業などの4割は今後の景気次第。大型車離れが定着すれば残りの2割の市場はなくなることになる」(日経ビジネス11月10日号,p.9)。

首位の座を小型車に明け渡す

 米国民はガソリンがぶ飲みのV8エンジンを持つ大型ピックアップトラックを手放し,小型乗用車に乗り換えたのである。この5月に,ここ15年間も車種別で販売トップだったFord社のピックアップトラック「F-150」が,その座をホンダ「シビック」に譲ったのは象徴的な出来事であった。

 10月の新車販売台数は,前年同月比で32%減少し,トラックだろうが乗用車だろうがすべての車種で販売が落ち込んだが,中でもやはり大きく減少したのは,ピックアップトラックや大型SUV(多目的スポーツ車)だった。Ford社では,低燃費のコンパクトカー「フォーカス」の販売台数が18%減だったが,ピックアップトラック・SUVは30%減少した。GMでも,乗用車は34%の販売減だが,ピックアップトラック・SUVはそれを上回る52%の減少となった(NBonlineの関連記事)。トラックなどの大型車に依存している分,ビッグスリーが受けた打撃は大きかった。

 2008年は,世界最大の自動車市場である米国で,トラックなどの大型車志向から小型車志向への転換を決定付けた年として後年の歴史に残りそうだ。ただし,既に90年代から21世紀に入ったころから徐々に米国民の小型車志向は進んでおり,トラック系ビジネスは失速してきていた。理由としては,ガソリン価格や不況以外に,約7000万人ともいわれる米国のベビーブーム世代の子供たちが独立して家を離れ,親の方も子供の方も大人数を乗せる大型車は必要なくなったという人口学的な変化があったことも指摘されている(藤本隆宏,『日本のもの造り哲学』,日本経済新聞社,p.261)。

 ビッグスリーはもちろん,早い時期からこうした変化に気がついており,手を打とうとはしていた。その一つが,小型乗用車が得意だった日本メーカーのものづくりの手法に学ぶことであり,トヨタ生産方式を米国流に解釈したリーン生産方式やITを積極的に導入し,生産および開発能力のアップにつなげた。実際,東京大学教授の藤本隆宏氏ら研究チームが製品開発力の一つである開発工数(小さいほど生産性が高い)を各国メーカーごとに調べたところ,米国メーカーは90年代前半までは数値を下げてきて,日本との差を縮めてきていた。しかし,90年後半に入ると,再び日本との差が開いてしまった。藤本氏はこの理由について,「アメリカの自動車メーカーのトラック戦略があまりにもうまくいってしまい,大儲けしちゃったことが,この結果に表れていると思います。苦労してトヨタ方式をやらなくても,頭で稼げばいいという話です」と書いている(前掲書,p.96)。