ここでARの実現手段を見てみよう。ポイントとなるのは現実の空間にデジタル情報をどのように重ね合わせるかだ。多くの手法が存在するが,(1)位置情報を使う方法と,(2)ARToolKitが採用する「マーカー」を使う方法,および最新の(3)マーカーレスの方法に大別できる(表1)。
方法 | 説明 | カメラやディスプレイ以外で必要 となるハードウエア/装置 |
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位置情報を使う | GPSから緯度・経度・高度を,地磁気センサ ー(電子コンパス)から端末が向いている方 向を,加速度センサーから端末の傾きをそれ ぞれ取得。これらの位置情報を基に関連する デジタル情報を配置する | デバイス側にGPSや地磁気セン サー(電子コンパス),加速度セン サーなどが必要 |
マーカーを使う | 2次元バーコードのような白黒パターンや, あらかじめ登録した画像,赤外線LEDなどを マーカーとして使う。画像認識技術などによ ってマーカーが置いてある場所をリアルタイ ムに追跡し,マーカーの上などにデジタル情 報を配置する | 対象となる空間にマーカーを設置 する必要がある(既にある標識な どをマーカーとして使う場合は, その画像などをデバイス側にあら かじめ登録する必要がある) |
Parallel Tracking and Mapping(マーカーレス) | 映像から平面をリアルタイムに推定して,そ の平面上にデジタル情報を配置する。英オッ クスフォード大学のゲオルグ・クライン氏と デービッド・マレー氏が2007年に開かれた ARの国際シンポジウム「ISMAR 2007」で 発表した最新手法 | 特になし |
(1)で重要なのは,デバイスの位置や向き,傾きを取得するための各種装置である。具体的には,GPSや加速度センサー,地磁気センサー,「PlaceEngine」などの位置取得サービスが提供され始めた無線LAN機器などだ。
この方法の最大の課題はGPSの精度である。現時点でのGPSは最も良い状態でも数メートルの誤差がある。誤差が大きいと,アプリケーションによっては現実とデジタル情報の重ね合わせが大きくずれ,情報が意味をなさなくなる。
ただ,この課題は時間が解決してくれそうだ。「準天頂衛星が打ち上げられれば理論上は誤差が10cm程度まで縮まり,GPS精度の格段の向上が期待できる」(NECマグナスコミュニケーションズの山崎主任)からだ。最初の準天頂衛星は宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2009年に打ち上げる予定である。
マーカーをリアルタイムに認識
(1)よりも正確に位置を特定して情報を重ねたい場合は(2)の方法が有効だ。映像内にあるマーカー(目印)を画像認識でリアルタイムにトラッキング(追跡)し,そのマーカーの場所を基点としてデジタル情報を描画する。マーカーはどのような画像でも使えるが,現時点では認識の処理を軽くするために白黒の2次元バーコードに似た模様を使うことが多い。写真2のキャラクタの下に映っている白黒模様がAR用のマーカーである。
リアルタイムに画像認識をすると処理の負荷が高いように思えるが,現在のスマートフォンや携帯電話の性能ならあまり問題にならない。今後のCPUの性能向上を考えれば,マーカーのトラッキングが実用的な速度でできるようになると推測できる。
ただし,マーカーを使う場合は,事前にARアプリを利用する場所にマーカーを物理的に配置する必要がある。街の看板や標識のイメージなどをマーカーとして使う場合は,その画像をARアプリにあらかじめ登録しなければならない。
マーカーや位置情報を使わずに,デジタル情報の自然な描画を目指す研究も進んでいる。代表的なものは,英オックスフォード大学のゲオルグ・クライン氏とデービッド・マレー氏が発案した「Parallel Tracking and Mapping」(PTAM)だ。同手法を使うと,ARアプリケーションが映像内にある道路や机の上といった平面を自動認識し,その平面上にデジタル情報を描画できる。平面の奥行きを認識しているので,キャラクタなどを平面上で違和感なく動かせる点も特徴だ。PTAMは(1)の方法などと組み合わせることで,ARの表現力を大幅に高めるだろう。