前回は,2008年12月1日より施行された改正特定電子メール法/特定商取引法を取り上げた。今回は,個人情報保護への過剰反応対策の観点から元厚生事務次官宅連続襲撃事件を考察してみたい。

元次官連続殺傷事件で注目を浴びた公共図書館の職員録

 2008年11月18日,埼玉県さいたま市と東京都中野区で,元厚生事務次官宅を狙った連続殺傷事件が発生した。22日夜,警視庁本部にさいたま市の男が出頭し,銃刀法違反容疑で逮捕されたが,その後,容疑者が元次官宅を図書館で調べたと供述したことから,個人情報が掲載されている市販名簿の問題が浮上してきた。

 厚生労働省は11月26日,都道府県の教育委員会を通じて,全国の公立図書館に対し,職員や元職員の個人情報が特定できる図書の閲覧制限などを要請した,これに対し,職員や家族の不安を軽減できるように職員録の閲覧を制限する図書館と,情報提供が図書館の使命として従来通り閲覧を認める図書館に対応が二分されたことが報道されている。

 市販名簿といえば,個人情報保護への「過剰反応」をめぐって,話題となってきたテーマだ。第137回で触れたように,「過剰反応」を踏まえた取り組みは,2008年4月25日に閣議決定された「個人情報の保護に関する基本方針」における主要な変更点にもなっている。そのような流れの中で,市販名簿に収録された個人情報を利用した凶悪な事件が起きたとなれば,図書館側が当惑するのも当然だろう。

 舛添厚生労働大臣は,記者会見で「情報の公開ということと安全の確保,これをバランスを取って考えないといけないので,こういうことがあるからと言って,幹部の情報を一切伏せてしまうということも困ります」と発言している(「平成20年11月25日閣議後記者会見概要」参照)。情報公開と安全確保のバランスについてコンセンサスを図ることは,個人情報への過剰反応対策の要であり,類似事件防止のためにも欠かせない。

不安な時代だからこそ重要な宅配便事業者の過剰反応対策

 今回の元次官連続殺傷事件では,容疑者が宅配便業者を装って住居に侵入したことが報じられた。宅配便は,住所,名前,連絡先電話番号など,個人情報なくして業務プロセスが回らないビジネスだけに,運輸業界の日常業務や個人情報保護対策にも影響が及んでいる。事件を受けた宅配便事業者各社は,以下のような告知を出している。

 だが,12月に入ってからも,宅配便事業者を装い,高校同窓生の個人情報を聞き出そうとする不審電話があったことが報道されるなど(毎日新聞「不審電話:彦根工高OBらに相次ぐ 宅配業者装い「個人情報」探る /滋賀」参照),一般家庭の不安感が払拭される気配は,なかなか見えてこないのが実情だ。

 米国発金融危機の影響が実体経済に広がる中で年末商戦期を迎えたが,インターネット通販を始めとする企業消費者間電子商取引(B2C-EC)は堅調に推移している。日本の宅配便事業者は,B2C-ECの物流プロセスを担っているだけでなく,代金引換サービスなど,決済プロセスにおいても重要な役割を果たしている。その中核にあるのは個人情報だ。

 不安感の広がる時代だからこそ,個人情報使用による利便性と安全確保のバランスを考慮した個人情報管理が企業競争力強化の柱となる。2009年は「官」「民」挙げて,重大事件が起きるたびに振り回されるような個人情報保護の過剰反応対策からの脱却を図るべき年かもしれない。

 次回は,金融業界の個人情報保護対策の動向について取り上げてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/