前編に続き、イベント「エンタープライズ・リスク・マネジメント(ERM)2008」(2008年8月20~22日)から、危機管理/広報コンサルタント 山根一城氏の講演の模様(抜粋)を掲載する。かつて日本コカ・コーラの危機管理責任者として、飲料業界を襲った数々の危機との戦いを指揮し、現在は危機管理/広報コンサルタントとして活躍している山根氏。その経験から、企業の経営者や危機管理担当者が理解しておくべきリスク・マネジメントの考え方や勘所、そして、その裏にある哲学を語る。(ITpro編集部)


山根一城氏
危機管理/広報コンサルタントの山根一城 氏
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 経営者は経営ビジョンを掲げ、その実現のために人や資金などの経営資源を確保しますが、“有事”に事業継続を実現するための危機管理、すなわちBCP(事業継続計画)にも目を向けなければなりません。危機管理は、ある意味で保険と同じです。掛けておかないと、何か起こったら大変な事態に陥る可能性があるからです。

 経営資源を確保する際には、危機の発生を想定して予算を組み、いざというときに対応できるようにする。これが大事です。経営者には、経営ビジョンの実現のためだけでなく、危機管理のための経営資源を確保することも、ぜひ頭に入れておいてほしいと思います。

 企業はマーケティング戦略に基づき、大変なお金を掛けて広告や宣伝のイベントをやりますね。ブランドイメージを上げる、知名度を上げる、シェアを上げる、売り上げや利益を上げるなど、目的は様々です。

 ところが、重大な危機が発生したときに適切に対応できないと、これらが全部、一晩で消えてしまいます。ブランドイメージや知名度、業績などが、どーんと地に落ちるわけです。私はこれを「マイナスの超ハイスピード・マーケティング」と呼んでいます。

 こうなると、消費者は買い控え、株主や従業員は逃げてしまう。下手をすれば、1週間後には倒産でしょう。だからこそ経営者は、経営の問題としてBCPに取り組む必要があるのです。

 既にお話ししたように、危機はクライシス(Crisis)、パニック(Panic)です。「何とか逃げられないか」「ごまかせないか」といった意識が経営者の頭の中にあると、事態はすぐに悪化し、たった一晩で制御不能になります。企業が自ら発信した情報によって物事を動かす、ということができなくなるのです。

 重要なのは、平時に準備しておいたBCPに基づいて、制御不能になる前に危機拡大の“芽を摘む”こと。これこそが本当の危機対応なんです。

“感度”を上げてノイズにも耳を傾けよ

 芽を摘むためには、あらかじめ自社の強さや弱さ、特に弱さを洗い出しておくことが大切です。弱さに起因する危機の拡大や混乱を“予知”し、回避できる可能性があるからです。自社だけでなく、個々の部門の弱さや、自社が属している業界の弱さも知っておくべきです。

 例えば、悪酔いして物を蹴飛ばす癖のある人がいるとしましょう。そのことがあらかじめ分かっていれば、大事な場面ではその人に飲ませない、飲む場合には周りの人が十分に気をつける、といった手を打つことができます。

 会社も同じです。例えば、ある部門の担当者に関して、対外的なコミュニケーションがとても下手だということが分かっていたら、重大な会見ではその担当者に話させないようにすればいい。危機管理ではこういう“予知能力”がとても大事なんです。

 あらかじめ自社の弱さを知っておくことに加え、危機の芽に対する“感度”を上げることも欠かせません。オーディオ装置のボリュームを上げていくと、音の細部がよく聞こえるだけでなく、ノイズまで大きくなりますね。このノイズに耳を傾けるのです。

 例えばある会社で、製品のちょっとした不具合に気づいた社員が「何かおかしい」と言ったとします。このとき上司が、「いちいち細かいことに文句を付けるな」と言えば、それはノイズを遮断してしまうことになります。

 逆に、「どうした?ほかの営業所でも同じ問題が起こっていないかチェックしてごらん」と答えたらどうでしょうか。結果として、「実はほかの営業所でも、同一ロットで生産した製品に不具合が見つかっており、リコールがかかる寸前だった」ということが分かるかもしれません。ノイズに耳を傾けることで、危機の予兆を発見できる可能性が出てくるのです。

 実は、こういうちょっとしたことに気づくのは、社員だけではありません。得意先や消費者も、必ず日頃から“何か”を感じています。そうした“何か”に対する感度を上げることが、結果的に大きな危機を回避することにつながります。

「夜中の3時に連絡をくれてありがとう」

 私は「クレームは“最大のチャンス”」と考えています。危機管理の観点では、社員や顧客が何かクレームを言ってくれたら「ありがとう」なんです。

 人間ですから、たびたび報告を受けていると、そのうちに切れて「細かいことをいちいち言うな」と怒りたくなるかもしれません。しかし、そんなことを言ったら、その後は現場から報告される情報にフィルターがかかってしまうと考えてください。危機の予兆かもしれない大事な情報が入って来なくなる可能性があるのです。

 私は日本コカ・コーラで危機管理の責任者を務めていた当時、常に二つの携帯電話を持ち、24時間いつでも連絡を受けられるようにしていました。社員から夜中や休日に連絡をもらったとき、たとえ些細な情報だとしても、「寝ているのにうるさい」とか「いま温泉に来ているんだぞ」などとは決して言いませんでした。

 「わざわざ夜中の3時に連絡をくれてありがとう」。こう言わなければならないのが、危機管理の責任者なんです。確かにつらい仕事ですが、こういう姿勢で現場に接することで、危機を未然に防止できる可能性が高まります。

 この姿勢をないがしろにしたら、どうなるでしょうか。最悪の場合は内部告発です。社員がいきなり新聞社へ通報してしまうかもしれません。24時間いつでも、現場の声に耳を傾ける仕組みを作ることがいかに大事か、お分かりいただけると思います。