日経NETWORK編集長
藤川雅朗
日経NETWORK編集長 藤川雅朗

 社会的なインフラとなったネットワークが今後も発展していくためには,まだまだ越えなければならないハードルがいくつもあります。景気後退が続く中であっても,そうした課題を乗り越えていかなければなりません。2009年はそうした課題の解決への糸口が見える年になると思っています。

1波長で100Gビット/秒を超えるには?

 2009年以降のネットワークに関して具体的に考えていくと,三つの課題が思い浮かびます。

 まず最初は「回線速度」。ただし,ブロードバンド回線の速度ではありません。バックボーン・ネットワークの速度(=容量)のほうです。

 ブロードバンド回線を見ると,今では(ベストエフォートとはいえ)1Gビット/秒の常時接続サービスがさほど高くない料金で提供されています。このように,末端の回線速度が高速化し,YouTubeやニコニコ動画,さらには「NHKオンデマンド」など,大容量の映像データが頻繁に行き来するようになると,ネットワークのバックボーン部分の回線容量が足りなくなると予測できます。

 ただし,バックボーンの速度を上げるのはそう簡単な話ではありません。光ファイバ通信の基本的な部分で限界を迎えつつあるからです。

 光ファイバ通信の基本は,光の明滅で「0」もしくは「1」の信号を送るというものです。光っているときが「1」,光っていないときが「0」と決めておき,それを短い時間で切り替えることで高速のデータ通信を実現しています(さらにこの光信号を複数束ねるWDM技術で,帯域を拡張しています)。

 ただしこの方法には速度的に限界があります。あまりに明滅する時間間隔を短くしてしまうと,光信号の波長の差で光の到達時間にばらつきが出る「偏移分散」という現象により,受信側で明滅を検知できなくのです。

 そこで,各国のネットワーク機器ベンダーや通信事業者が開発している技術が「コヒーレント光を使った多値変調」です。これは,ADSLや無線通信で電気信号や電波を扱うのと同様に,光信号を「波」として利用することで多値変調を可能にするというもの。すでに,カナダのノーテル・ネットワークスが40Gビット/秒のシステムを実用化させています。100Gビット/秒のシステムについても,同社のほかNTTや仏アルカテル・ルーセントなどが研究を進めています。

 基礎的なネットワーク技術ですが,2009年の注目ポイントの一つだと思います。

IPv4アドレスが足りなくなる

 二つめの課題は「IPv4アドレスの枯渇対策」です。

 2008年9月に「IPv4アドレス枯渇対応タスクフォース」が発足したのをきっかけにして,にわかに注目が集まっています。今のインターネットで使われているIPv4アドレスが枯渇してしまうと,インターネット接続事業者(プロバイダ)やデータ・センター事業者はもちろん,ネットワーク・アプリケーションの開発者やWeb上で各種サービスを提供しているサービス事業者など,さまざまな立場の方に大きな影響が及びます。

 全世界のIPアドレスを管理するICANN/IANAでIPv4アドレスが底を尽くのは2011年とまだちょっと先の話。でも,プロバイダやデータ・センター事業者は,対応すべき設備が多いので,事業計画の立案など,早急に動き出す必要があるでしょう。

 IPv4アドレスの枯渇対策は,大きく二つに分かれます。それは,(1)IPv4アドレスの延命策,(2)IPv6への移行――です。

 (1)IPv4アドレスの延命策としては,プロバイダのネットワーク内でプライベート・アドレスを使う「キャリア・グレードNAT」の利用や,ユーザー側で余っているIPアドレスの売買を認めることでIPアドレスの無駄をなくす方法などが検討されています。

 一方の(2)IPv6への移行は,根本的な解決策として今後どの立場であっても検討せざるをえないものです。

 こうした各種対策の具体的な手順や課題など,まだ見えていない部分は多くあります。こうした方向性を見極めることが2009年の重要なポイントだと考えています。

電力消費を抑える「グリーンIT」を推進

 最後の一つは省エネ,いわゆる「グリーンIT」です。これは,ネットワーク技術に限定されるものではありませんが,2008年夏に開催された北海道洞爺湖サミットでも環境問題が議題として取り上げられるなど,今後の重要なテーマといえるものです。

 2009年以降,グリーンITの波はネットワークにも押し寄せてきます。「トップランナー基準」の対象にルーターやLANスイッチも加わることになりそうだからです。「トップランナー基準」とは,現在ある機器のうちエネルギーの消費効率が最も良い機器(トップランナー)を基準として目標年度におけるエネルギー消費効率を設定するというもの。2009年4月施行の改正「省エネ法」(正しくは「エネルギーの使用の合理化に関する法律」)には,盛り込まれませんでしたが,ルーターやLANスイッチといったネットワーク機器も近い将来「トップランナー基準」の規制対象に加えられるものと予想されています。

 ここまで取り上げてきた三つの課題のうち,このグリーンITだけは根本的な対策が思い浮かびません。ただ,根拠があるわけではないのですが,筆者は楽観的に見ています。というのも,ベンダー各社(特に日本企業)の技術力がこうした課題をクリアしてきたという歴史があるからです。

 過去,自動車の排気ガス規制では,とても達成できないだろうと思われていた基準でも,国産の自動車メーカーがさまざまな技術でもってそれをクリアしてきました。ハイブリッド車や電気自動車などの技術的なブレイク・スルーにより,現在ではさらに環境にやさしい自動車が登場しています。

 ネットワーク機器の開発者が総力を挙げてエネルギー消費の低い機器の開発に取り組めば,きっと消費電力の極めて低いルーターやLANスイッチなどが登場することでしょう。

日経NETWORK
ネットワークについて知っておきたい情報を基礎からやさしく解説する。毎月28日発行

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 ここまで見てきた課題は待ってくれません。数年間手付かずで対策が後手後手となると,ビジネス・チャンスを逃したり,その後のビジネスに遅れをとったり,はたまた急場の対策により多大なコストを負担せざるをえなくなるといったことも考えられます。

 この三つの課題の動向をウォッチし,適切な対策を採る準備を心がけること――。2009年,ネットワークに携わる企業にはこうした点が求められそうです。