日経コンピュータ編集部長
桔梗原富夫
日経コンピュータ編集部長 桔梗原富夫

 あのトヨタまでが赤字転落――。国内の製造業でトップの利益を稼いできたトヨタ自動車が、戦後初の営業赤字になる通期見通しを発表したのは衝撃的だった。米国の金融危機に端を発した不況は実体経済にも及び、景気悪化に歯止めがかからない。

 景気に対して遅効性のあるIT市場も急速に冷え込み始めた。日経コンピュータ1月1日号では、主要ITベンダーのトップに今年の展望を聞いてまとめている。トップ25人のうち、09年の国内のIT投資は減少するという回答が13人に上った。この企画は2003年から続けているが、マイナス成長という返答があったのは初めてだ。12月期決算の取材に何社か同行したが、あるITベンダーの社長は、現場から上がってくる数字が日に日に厳しくなっており、09年度の見通しが立てられないとこぼしていた。

 確かにユーザー企業の設備投資計画は慎重になってきている。日本経済新聞が12月21日にまとめた「社長百人アンケート」によると、主要企業の09年度の設備投資は、08年度に比べて「減らす」と「やや減らす」がそれぞれ19.1%だった。逆に、「増やす」は1.5%、「やや増やす」も7.4%にとどまり、「変わらない」が22.1%だった。IT投資も決して聖域ではない。

 ただ、拙速なIT投資削減は危険である。短期的な利益改善に効いても、長い目で見ると企業の競争力を弱めてしまうからだ。CIOやIT部門長は、不況の今こそ、変革のチャンスととらえ、IT投資の重要性を声高に訴えていただきたい。

 ユーザー企業に取材すると、「ITはROI(投資対効果)が見えない」という話をよく聞く。その結果、企業業績が悪くなってくると「一律X%カット」という話になりがちだ。これを避けるために、CIOやIT部門長はIT投資について説明責任を果たし、最適化を訴えたい。不況のトンネルを抜けたとき、IT投資について正しいアクションをとった企業が勝つだろう。

 一口にIT投資と言っても範囲が広い。アプリケーションから見ると大きく三つに分けられる。一つは、ビジネスの土俵に上るためのIT。日本版SOX法など法制度への対応やセキュリティ対策がこれにあたる。二つめは、ビジネス活動のためのIT。電子メールやEC(電子商取引)のシステム、人事や会計といった業務システムだ。製造業であれば、生産管理やサプライチェーン管理もこれに相当する。三つめは、新規事業の創出や売上増、顧客満足度の向上など戦略的なITである。さらに、これらのアプリケーションを稼動させるためのITインフラの投資が必要になる。

 今のような不況期は、満遍なく投資することは不可能なので、取捨選択が求められる。一つめのビジネスの土俵に上るためのITは投資せざるを得ない。二つめと三つめについては、個々の企業が置かれている状況によって変わってくる。ムダを徹底的に見直したうえで、単純な一律カットではなく、どこを強化するのかを明確にして臨みたい。共通して効果的なのは、ITインフラの見直しだろう。

エンタープライズクラウドが広がる

 仮想化技術を使ってサーバーを統合し、運用・保守のコストを減らす。グリーンITの採用により、消費電力を削減する。昨年来のキーワードである、仮想化技術とグリーンITはコスト削減と環境対策の両面から今年も重要な意味を持つ。それともうひとつ、新たなキーワードとして浮上してきたのがクラウドコンピューティングである。

 日経コンピュータは1月1日号で、「エンタープライズクラウド~基幹系を捨てる日」という特集を組んだ。今すぐ基幹系システムの基盤がすべてクラウドに移行することはないが、適用範囲は着実に広がっていくだろう。ITベンダーもPaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)の提供に力を入れ始めた。IT部門は、自社システムとして何を残し、何をクラウドで処理するのか、今年はその見極めが問われる。

 振り返ってみると、不況は企業情報システムのパラダイムシフトを促している。山一証券や北海道拓殖銀行が破綻した97年当時、日本は平成不況の真っ只中にあった。98年ごろの日経コンピュータのバックナンバーを見ると、「TCOは必ず下がる」(98.3.2)、「本番アウトソーシング」(98.5.25)など、やはりコスト削減に関連した特集が目立つ。

 一方で、「基幹系に変革のチャンス」(98.6.8、同6.22)という特集を2号連続で打っている。メインフレーム中心の閉じた基幹系の世界に、TCP/IPやWebといったインターネット技術が入ってきて融合が始まった。インフラを変革すべし、というメッセージの特集であり、その後、企業情報システムでもインターネット技術を使うことが当たり前になった。

 マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOは、クラウドコンピューティングの波をインターネットが爆発的に広がったときに匹敵する変化と指摘する(日経コンピュータ 1月1日号「インタビュー」)。今回の不況が、「所有」から「利用」への動きを一気に加速する可能性がある。何年か後に振り返ったとき、今年は企業情報システムにとって大きな転換点になっているかもしれない。

日経コンピュータ
ITに携わるITプロフェッショナルやITを経営に活かす人のための総合情報誌。毎月1日・15日発行

 日経コンピュータは今年も、製品・技術のトレンド、企業情報システムの開発から運用、保守にいたる一連の過程で生じる問題とその解決策をしっかり伝えていく。今年から編集長に谷島宣之が就いた。谷島は、NBonline(日経ビジネスオンライン)「経営の情識」という連載コラムを持つなど、編集委員として幅広く活動してきた。これまでの経験を生かし、面白い誌面をつくってくれるはずだ。今年も日経コンピュータをよろしくお願いします。