第1回「総トラフィックは約880Gビット/秒,3年間で約2倍に」と,第2回「今後の課題は動画系トラフィックの増大」で,日本のトラフィックの変化を見てきた。特徴は大きく分けて二つ。「トラフィックの総量は増加しているが,ここ2~3年では増加率は安定してきた」こと,「P2Pアプリケーショションのトラフィック増加率が沈静化・安定化する一方で,今後はその他のアプリを使ったリッチ・コンテンツの流通が増える可能性が高い」ことである。今回は,増加するトラフィックに対する対策を見ていく。

 トラフィック増加への基本的な対処方法は,「設備投資と回線容量の増強」(ニフティの林一司技術理事兼IT統括本部長)となる。そのほか,一部のインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)は帯域制御でトラフィックの増加に対処している。これらの対策は現在ではある程度うまく機能しているが,長期的に見るといくつかの課題を抱えている。順番に見ていこう。

バックボーン・コストは年を追うごとに下がっている

 まず,ルーターなどの設備と回線容量の増強には当然,大きなコストがかかる。とはいえ,ここ数年でトラフィックの増加率が安定してきたため,予測に基づいて計画的な増強を実行しやすくなっている。実際に,取材したISPの中には,「順調に設備や回線の強化を繰り返して行けば,今後のトラフィック増加にもある程度対処できるのではないかと予測している」という声も聞こえた。だが一方で,「今後数年のうちに設備や回線強化コストが膨れあがり,料金体系の見直しも含めて体制を見直さないと厳しい」と言うところもある。この温度差は,ISPごとにネットワークの構築の仕方が全く異なる点に理由がある。

 これまでネットワーク技術は年を追うごとに進歩し,低コストで高性能な機器を手に入れられるようになってきていた。例えば,図1はソフトバンクBBの1Mビット/秒当たりのバックボーン・コストの変遷をグラフにしたものだ。年々,バックボーン・コストが下がっているのがわかる。しかし,自社で全国網のバックボーンを構築しているISPばかりとは限らない。バックボーンの一部を他社から借りているISPも多いのだ。そういったISPでは,技術の進化によるコスト低下の恩恵は受けられない。

図1●バックボーン・コストの変遷<br>ソフトバンクBBが同社の実績値を基に算出したバックボーン・コストの変化の様子。コストには上流ISPとの接続費用,ルーターや各種の伝送設備費用,回線使用料,データ・センター利用料などが」含まれる(出典:「インターネット政策懇談会」の「IPv6移行とISP等の事業展開に関するWG」取りまとめ<a href="http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_policy/081024_2.html" target="_blank">資料</a>より)。
図1●バックボーン・コストの変遷
ソフトバンクBBが同社の実績値を基に算出したバックボーン・コストの変化の様子。コストには上流ISPとの接続費用,ルーターや各種の伝送設備費用,回線使用料,データ・センター利用料などが」含まれる(出典:「インターネット政策懇談会」の「IPv6移行とISP等の事業展開に関するWG」取りまとめ資料より)。
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もはやアプリ単位で帯域制御をかける“大義名分”がない

 今後は,技術の恩恵はますます少なくなっていくという見方もある。「今までは,ネットワーク技術の進化と,トラフィック増加のペースはある程度合致していた。しかし,最近では技術の進化が追いつかなくなっているのではないか」(日本インターネットエクスチェンジの石田慶樹社長)。例えばイーサネット技術で考えた場合,現在のISPでは10Gイーサネットの利用が主流である。40Gの技術も登場してはいるが,コストが高いため広く普及するには至っていない。その先の100Gイーサネット技術に関しては,実用化の時期がまだ明確でない。

 また,第2回で述べたように,帯域制御の効果は限定的である。P2Pファイル共有ソフトには「特定のユーザーが利用していること」,「マルウエアや情報漏洩の温床になっていること」などを理由に帯域制御をかける大義名分が立ちやすいという側面があった。しかし,ある大手ISPの担当者は「今後,商用のP2Pコンテンツ配信ソフトや,その他の映像系のトラフィックが増えた場合は,アプリケーション単位の制御はしづらくなる」と語る。