「自分で生み出した技術を世に広めるプラットフォームとしては、大学は小さすぎる」。学生時代に飛び級で博士号を取得した西野氏は、研究職ではなく起業家としての道を選んだ。自身が開発した企業価値検索サービス「Ullet(ユーレット)」を携え、世界を相手に自身の腕を試し続けている。

西野 嘉之氏

 技術の可能性は無限大だ。例えばゲーム機のコントローラの進化は終わったと思っていたら、「Wii」のような体感型のゲーム機が登場した。5年前には考えられなかったことだ。通信技術の世界でも、今まさに変化が起きている。膨大なデータを瞬時にしかも視覚的に把握するアルゴリズムはあったものの、つい最近まではハードウエアやネットワークの性能が追いついていなかったため実現できなかった。だが、今ならできる。

 私は学生時代の研究活動を通じて、次々と新しい技術が生まれる瞬間と遭遇することができた。しかし、研究論文を書いたり発表したりするだけでは、その技術を形あるモノやサービスとして広めることは難しい。新しい技術が生まれる「場」に身を置くだけでなく、自分自身で技術を生み出し、自分で広めたいと思っていた。だから研究者として大学に残る道ではなく、起業する道を選んだ。

 自分が生んだ技術をサービスとして広めているツールの一つが、企業価値を検索するサービス「Ullet(ユーレット)」だ。インターネット上に公開している決算書や財務諸表などのデータを自動的に収集・分析し、ワンクリックで会社の価値を視覚的に把握できるサービスである。

 根っこにある技術は、学生時代に開発したインターネット掲示板の監視システムだ。だが、10年前と今とでは、技術を生かせる場が飛躍的に広がった。1つはあらゆる企業情報をインターネットを通じて収集できるようになったこと。もう1つは、それらを瞬時に分析できるくらいの処理能力を手軽に手に入れるようになったことだ。

 さらに、自分が生み出した技術をインターネットというメディアを通して、世界中の人に容易に触れてもらうえるようにもなった。パッケージソフトの流通チャネルを持っていなくても、即座に世界中の人に自分の技術を評価してもらえる。証券会社のアナリストなどから問い合わせがあると、「こんなところでも使われているんだ」と驚くと同時に、世界の人が自分の技術に触れていることを知ると嬉しくなる。

 もちろん、興味のある技術だけを追っているだけでは、会社を経営することはできない。営業もしなければならないし、資金繰りのことも考えなければならない。だから、“自分1人ですべてやる”というエゴを出さないように心掛けている。

 自分が進みたい道は、技術を生み出して世に広めることであり、自分がすべてに携わることではない。「何をどう実現するか」といったアイデアは相変わらず自分の中にあるが、全部を1人で抱え込んでいるようでは実現できるものもできなくなる。実際、私よりも優秀なコードを素早く書けるスタッフが側にいる。チームワークを生かして、もっと自分たちの技術を世界に広めていきたい。

 社長として自身の技術を世界に広めるだけでなく、「技術が正当に評価される社会を作りたい」と西野氏は強調する。

 IT業界では技術そのものではなく、開発に費やした時間が評価される。例えば、1カ月かかっていた作業を、わずか1分でできるシステムを開発したとする。本来なら1カ月分という効果でシステムの対価は決まるはずなのだが、なぜか「何人月で開発したか」で対価が決まってしまう。こうした業界の風土を崩さないと、技術やプログラミングが大好きな人が、どんどんいなくなってしまう。

 幸い自分の場合は、技術を追求する道を進んでこられた。しかし、自分の周囲を見ていると、この数年で会社を閉められる方がいるのも事実だ。技術を追い求めている人ほどツライ思いをしていたり、すごいことをやっている人ほど生きていけなくなっている。

 もちろん、自分1人だけで社会を変えることはできない。少なくともまずは自分自身の会社では、社員が生み出した技術をきちんと評価し、お客様から正当に評価されるように邁進するつもりだ。技術に携わる人たちが、きちんと評価される社会になれば、もっと日本から世界に向けて発信できる技術を生み出し、世界に広められるようになると思う。

西野 嘉之氏
メディネットグローバル 代表取締役CEO
2001年3月慶應義塾大学院博士課程理工学研究科修了。在学中にIT関連会社を設立。自身が開発・特許申請した「インターネット掲示板監視システム」を大手ITベンダーに譲渡。2004年8月にメディネットグローバルを設立し、現在に至る。1974年生まれ。