東京農工大学大学院技術経営研究科教授
松下博宣

 諜報や謀略の素養は必須である。国において。企業において。個人において。

 そう言うと、すぐに反論が聞こえてくる。スパイまがいの諜報や謀略はハードボイルド小説や映画の世界のものであって、真面目なビジネスパースンには関係ない。スパイ小説でもあるまいし、多忙なビジネスパースンには下世話なフィクションにつきあう暇などない。スパイ防止法案は廃案になったのではないか。過剰な情報統制は危険だ...。

 どうも諜報や謀略という言葉はタブーとされ、アレルギー反応を引き起こすような語感があるらしい。連載を始めるに当たって、そのような表層的な疑問や誤解をまず払拭しておきたい。

 インテリジェンスは必須である。国において。企業において。個人において。

 こう書いたら、今度は反発はないだろう。逆に「当たり前」と言われそうだ。しかしインテリジェンスは日本において、「当たり前」のことではない。

インテリジェンスの定義

 定義しよう。インテリジェンスとは、「個人、企業、国家の方針、意思決定、将来に影響を及ぼす多様なデータ、情報、知識を収集、分析、管理し、活用すること、ならびにそれらの素養、行動様式、知恵を総合したもの」である。

 インテリジェンスの活動にはいくつかのカテゴリーがある。最初に「基本動作」として、公開されているデータ、情報、知識を哨戒し、丹念に読み解く作業がある。専門ジャーナル、新聞、週刊誌、月刊誌、白書に加え、インターネット上で公開されている情報につぶさに当たり、意味を紡ぎだす。地味だがこの基本動作が大切である。

 次に「諜報」がある。どの国、企業、個人にも、なんらかの背景があって外部や特定の相手に知られたくない情報や事情が必ずある。その情報や事情を意図的に探り、評価し、知識に変えていく作業を諜報という。

 諜報にいそしむ相手側に対して防御的な対応を施すことを「防諜(カウンター・インテリジェンス)」という。防諜には大きく二種類ある。守秘すべきものを守秘する、機密事項は内部から漏洩しない、させないという姿勢を「消極防諜」という。ビジネスの世界でいうセキュリティーに近い。一方、敵が仕掛けてくる諜報謀略を探知し、それを逆に利用し、偽の情報を流して敵を混乱させる、仲介者などを活用して虚偽情報を作為的に流すことを「積極防諜」という。

 さらに諜報と防諜を組み合わせ、情報や知識を意図的に操作し、当方の企図する成果を実現することを「諜略」という。諜略のプロセスは通常、外部に対しては秘匿される。したがって秘密裏に画策される謀略は「陰謀」と呼ばれる。陰謀についてはその重要性に鑑み、いずれ詳しく議論していくのでここでは触れない。