前回は,Googleマイマップから,学校の児童・生徒の個人情報が流出したケースを取り上げた。日本には,米国COPPA(Children's Online Privacy Protection Act:児童オンライン・プライバシー保護法)のように,子どものプライバシー/個人情報保護対策に特化した法規制はないが,最近,子どもの「安全・安心」に関わる国際協調の動きが活発化している。今回は,第138回で取り上げた児童保護の観点から考えてみたい。

世界の捜査機関が注目していた日本発児童ポルノ犯罪の摘発

 2008年11月12日付の新聞各紙は,埼玉県警少年捜査課が児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供目的所持)容疑で,和歌山市の団体職員と広島県の会社員を逮捕していたことを伝えた。新聞報道によると,両容疑者は9月から10月にかけて,ファイル交換ソフト「eMule」を使って海外を含む不特定多数のユーザーに提供する目的で,10歳前後の女児が写った児童ポルノ動画を「eMule」の共有フォルダに保存していたという。さらに同じ12日,埼玉県警は,東京都の会社員も同容疑で逮捕している。

 今回の事件の契機になったのは,国際刑事警察機構(ICPO)を中心に,欧米,東南アジア,南米など70カ国以上の捜査機関が連携して行ってきた,ファイル交換ソフト経由の児童ポルノ動画提供者の一斉摘発である。各国の摘発が本格化した2008年9月には,新聞報道でも,日本の捜査当局がファイル交換ソフトを通じて海外のユーザーに児童ポルノ動画を提供したとみられる日本人の情報を海外の捜査機関から入手したこと,さらに警察庁が今年6月,埼玉県警に捜査を依頼したことが伝えられていた。

 児童ポルノ動画の中に特定個人を識別できる情報が含まれていれば,当然,個人情報保護上の問題が関わってくる。今回摘発された事件で押収された児童ポルノの動画ファイルの中には,具体的な小学校や登場する女児の名前をタイトルとして使用したものがあることが報道されている。個人情報保護法のコンプライアンス(法令遵守)の観点からも,事件の推移を見ていく必要があろう。

個人情報保護にも影響が及ぶ「児童ポルノの発信源」の汚名返上策

 第138回で触れたように,日本は「児童の権利条約(児童の権利に関する条約)」を批准しているが,国連・児童の権利委員会は,日本の児童プライバシー保護や児童買春・児童ポルノの防止対策に対して厳しい評価を下してきた。児童ポルノについて,日本は,主要8カ国の中でロシアと並び,個人で画像を収集する「単純所持」を禁止していない。このため,海外に比べて規制の緩い日本は「児童ポルノの発信源」として国際的に非難されてきた(参考情報:日本ユニセフ協会「子どもポルノから子どもを守るために」,在日米国大使館「児童ポルノ対策-法改正で米と捜査協力」)。

 前述の児童買春・児童ポルノ禁止法違反事件摘発は,2008年11月25日から28日にかけてブラジル・リオデジャネイロで開催される「第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議」を控えて実施された国際協調の一環だ。2008年4月25日に閣議決定された「個人情報の保護に関する基本方針」の一部変更で,「国際的な協調」の項目に「プライバシー保護に関する越境執行協力等」という文言が加わった背景も理解できるだろう。

 なお第3回国際会議では,以下の5項目が主要テーマとなっている(「『第3回子どもと青少年の性的搾取に反対する世界会議』2008年11月ブラジルで開催決定」参照)。

  • 子どもの商業的性的搾取の新たな要因
  • 法的枠組みと施行
  • 包括的な各産業分野との相互政策
  • 民間企業の役割と企業の社会的責任
  • 国際協調のための戦略

 この会議の動向は,「児童ポルノの発信源」の汚名返上が求められる日本の児童保護施策にとどまらず,プライバシー/個人情報保護施策にも影響を及ぼす可能性が高い。子どもの個人情報を取り扱う企業にとっては,国境を越えた経営の根幹に関わる問題である。

 次回は,ファイル交換ソフトを介した高校生の個人情報流出事件について取り上げてみたい。


→「個人情報漏えい事件を斬る」の記事一覧へ

■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/