「クラウド・コンピューティングは雲をつかむような話」というのは、あまり面白くない冗談だが、クラウドの定義が広すぎて一体どこが新しいのか、分かりにくいことは間違いない。クラウド・コンピューティングの報道に全力を挙げる中田敦記者が、「新しい点は何もない」と懐疑的な谷島宣之編集委員を厳しく指導する。

N お久しぶりです。Yさんがオフィスに滅多にいらっしゃらないので、なかなか挨拶ができませんでした。

Y おー、そう言えば、日経コンピュータ編集部に異動になったんだ。だから珍しく背広を着ているのか。

N 珍しく、ではありません。いつでも企業取材に飛び出せるように毎日スーツを着ています。異動を機に何着か新調しました。それにしてもYさん、ほとんどお見かけしませんし、たまにお会いしてもスーツを着ていないし、どうしたのですか。

Y 最近はWebの仕事がほとんどだからねえ。取材もあまり行けないし。パソコンがあればどこにいても仕事ができる。日経コンピュータ編集部に来る前、N君もITpro編集部にいたから分かるでしょう。ところで、今は何を取材しているの。

N ITpro時代から追いかけているクラウド・コンピューティングですね、やっぱり。

Y またそれかあ。そういえば、クラウドを取材すると言って、アメリカで2カ月遊んできたんだっけ。冗談です。怒らないように。で、何か書いたの?

N …あのう、ITproに「マルチ・クラウドという選択肢」というコラムを書きましたし、いくつか関連記事を公開しました。それから日経コンピュータの特集『さらばビル・ゲイツ』にも関わりましたし、ITpro Magazineの特集『クラウド、台頭』も担当しました。さらにITpro Channelで話をしたり、ITpro EXPO 2008 Autumnの講演動画(前編後編)も公開しました。

クラウドの特徴、いずれも新味なし

Y 活躍しているねー。でもクラウドって、それほど書いたり、話したりする内容があるの?

N IT担当の編集委員とは思えない発言です。クラウド・コンピューティングこそ、パソコンの普及に次ぐ、大きなITトレンドで、世の中を変えると僕は確信しています。なぜ、クラウドにそんなに冷たいのですか。

Y 新しい話がまるでない。

N …

Y ちょっと言い過ぎか。新しい話がどこか見えない。どこが面白いの。

N コンピューティング・パワーが電力と同じようになり、ユーザー企業はそれを使うようになる、という大変化です。

Y ああ、ユーティリティ・モデルか。そんなの、僕が記者になった20年前から言われていたよ。

N コンピューティング・パワーを提供するインフラだけではありません。アプリケーションもネットワーク経由で借りられます。

Y それはASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)の話でしょう。

N ASPは死語です。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と言います。

Y 同じだよ。ASPで一回こけたから名前を変えただけ。SaaSはマルチテナント方式になったとか、屁理屈をこねる人がいるけれど本質はASPもSaaSも変わらない。

N 話をコンピューティング・パワーに戻しますと、ほぼ無限と言えるくらいの仮想化されたパワーやストレージがありまして、それを様々な用途に応じて使えるのです。これまでのように、一つのサーバーに一つのアプリケーション、といった固定されたシステム環境ではなくなります。

Y それはグリッド・コンピューティングの一種だな。そして、コンピューティング・パワーを提供するデータセンターは究極の自動化が図られている、というのでしょう。オートノミック・コンピューティングというものもあった。大体、仮想化が今、話題になること自体、不思議。

N メインフレームではとっくの昔にできていた、と言いたいのでしょう。確かにそうかもしれませんが、今はインターネット時代ですから。

Y 確かに20年前はWebも無かったし、不特定多数が簡単につながるネットワーク環境なんてとても考えられなかった。結局、クラウド・コンピューティングが新しいのではなくて、インターネットが新しい、というだけじゃないの。それはそうだと思うが、新しい名前を作って騒ぐ話ではない。