記者の仕事が心底好きで寝食を忘れて働ける人だけが編集部にいればよい。記者の仕事は遊びではない。仕事に没頭できぬ記者は首にすべし。「仕事と生活のバランス」をとりたい、と抜かす記者にはもっと暇な職業に転職することを勧めよ。最もよく働く記者に高性能パソコンを買い与え、家でも仕事をさせよ。仕事中毒の記者にさらに仕事をさせるための機器には惜しみなく投資すべし。さらに、そこそこ良い原稿を書く記者も解雇の対象とせよ。素晴らしい原稿を書く記者の邪魔になる。卓越した仕事をする記者は同じくらい優れた記者と仕事をしたがるものだ。

 断るまでもないと思うが以上の文章は冗談である。筆者の勤務先の経営陣がこう言っているわけではないし、どこかの新聞社の社長が放言したわけでもない。しかし、上述の内容を「スタートアップ(いわゆるベンチャー企業)の経営者はこうすべきだ」とブログに書いた人がアメリカにいる。

 シリコンバレーのスタートアップ、Mahaloの創業者でCEO(最高経営責任者)を務めるジェイソン・カラカニス氏である。同氏はブロガーとしても有名であったが、今春公開した“How to save money running a startup”という一文は大きな評判を呼んだ。というよりカラカニス氏を批判する声が高まった。

 その一文には「スタートアップの経営者がお金を節約する17のtips」が列挙されていた。「通常の会議は一切止め、昼食時にだけ話し合え」、「マイクロソフトのOfficeは高いから社員全員分買うな」、「コーヒーメーカーを用意しろ、社員がコーヒーを買いに行く時間を節約できる」といったtipsが並ぶ。思わず苦笑してしまうが、生真面目な人は「なんともけちくさい」と不愉快になるかもしれない。

 中でも、そうした生真面目な人達を激高させたのは、「仕事中毒でない奴は解雇しろ」の下りであった。同様に「最もハードに働く社員に自宅で仕事をするためのコンピュータを買ってやれ」という一文も刺激が強かった。冒頭の文章にある「記者」を「スタートアップ社員」に読み替えていただくとカラカニス氏の主張になる(その後、仕事中毒といった表現には、撤回の意味を込めた線が引かれた)。この激しい主張に対し、「人にあらず」「Mahaloなんかで働きたくない」といった声がわき起こった。

「僕は僕、共感してくれなくても結構」

 11月中旬、あるイベントの基調講演者として初来日したカラカニス氏に会う機会があった。インタビューの冒頭、「来日の目的は」と実に芸のない質問をしたところ、カラカニス氏は「あるインターネット会社を買いに来た。ヤフー・ジャパンだ」と即答した。面食らっている筆者の顔を見て笑い出し、「冗談だ、ヤフー・ジャパンは売りに出ていない」と続けた。

 このやり取りからお分かりのようにカラカニス氏は冗談好きである。取材中も冗談を飛ばし、「仕事中毒でない奴は解雇」に話が及んだ時も「あれも冗談」と笑った。「冗談というより、表現がちょっときつかったということですよね」と言おうとしたが、「誇張」を意味する英単語が分からない。同席して頂いた英語に堪能な滑川海彦氏に尋ね、“exaggeration”という単語を教えてもらった。

 滑川氏とのやり取りを聞いていたカラカニス氏は言った。「そうそう、ちょっと大げさだった、でもかなりの人がシリアスに受け取って不愉快な気持ちになってしまった。そこで僕の経営哲学を表現する、もっと洗練された表現を考えたんだ。『良い仕事をする社員を解雇せよ』(Fire people who do a good job)」に改める」。

 言い間違いではない。冒頭の一文に書いた通り、良い仕事(good job)をする人は素晴らしい仕事(great job)をする人の席を奪う、という意味である。これまた厳しい考え方だ。それにしても「仕事中毒でない奴は解雇」と書いて世間の人を怒らせたので反省しました、正しくは「良い仕事をする社員を解雇」でした、と言っているわけで、天晴れな根性と言えよう。カラカニス氏はこう続けた。「こう言うとみんながもっと怒る。でも、これが僕のフィロソフィだ、あなたが共有してくれなくても結構、僕もあなたを雇うつもりはない」。