養老孟司
解剖学者/作家/昆虫研究家

 会社を含めた、組織の壁、社会の壁は何でしょうか?

 ひとつ考えられるのが、「石油文明」という壁です。

 現代の産業社会の礎は、石油というエネルギーの存在抜きには語れません。大量生産も、大量流通も、大量消費も、その果てのグローバリゼーションも、すべて石油が前提にあるのです。

 コンビニエンスストアと宅配便サービスは、日本が生んだ非常にユニークなビジネスです。が、どちらも、石油ショックが起きた後の1970年代後半に誕生し、その後の石油価格の長期的な下落とともに成長したことを見逃してはなりません。大量の自動車輸送が必要なこれらのサービスは「安価な石油燃料」がその成長にとって必須の前提条件だったのです。

 逆に言えば、石油の高騰、石油の枯渇が、現在の経済システムの前提をすべて変えてしまう可能性があります。

 また、石油文明がもたらした現在の巨大産業や市場経済の大きな特徴は、分業です。分業の発明で、たくさんの人々が、自分の持ち場でそこそこ働くだけで飛躍的な豊かさを享受できるようになりました。

 ただし、分業の発達と引き換えに、個人から失われていったものがあります。それは人間個人が本来持っていた、個々のさまざまな能力の発露です。

 例えば、昔のひとは、自分で木を切り、薪を割り、火をおこし、食料を調達し、料理をし、場合によっては家まで建てた。そこらへんのおじさんが、普通にそういうことをこなしていた。私が昆虫採集に行くラオスや、あるいはブータン辺りはいまでも、そんなひとが残っています。

 もちろん、現代人はそんな能力がなくても、もっといいものを食べ、もっといい家に住めます。けれども、分業のシステムにあまりに慣らされてしまうと、仕事自体から次第に創造性が失われてしまいます。

 すると皮肉なことが起きます。石油に支えられた産業文明が極みに達したいま、モノもサービスも余っています。消費者はもっと付加価値の高い、オリジナルなものを欲します。けれども、分業に慣らされて画一的に仕事をしてきたひとが、改めてオリジナルなものを創造できるか、と いうと、はなはだ怪しいと思うのです。