2008年11月第1週に,「米Microsoftが,米Googleの『Chrome』や米Appleの『Safari』といったWebブラウザに採用されているオープンソースのレンダリング・エンジン『Webkit』を,『Internet Explorer(IE)』で使うことを検討している」というニュースが,インターネット業界を駆け巡った。米Yahoo!のCEOであるJerry Yang氏以外の人にとっては,その週で最も愉快な出来事だっただろう。こんないい加減な情報が話題になったのは,MicrosoftのCEO,Steve Ballmer氏がオーストラリアで開催された質疑応答セッションのなかでWebkit採用の可能性を匂わせたからだろう。しかし,実際にそうなる可能性は少なそうだ。実際に起きた出来事で改めて確認してみよう。

 質疑応答の際,Ballmer氏に対して「IEは,迅速なWeb標準仕様の策定作業から取り残されているのではないか。単にコストを削減する目的としてでも,進化の速いWeb標準仕様に対応したレンダリング・エンジンを採用してはどうか」という質問が出た。これに対し,Ballmer氏は「そんなことを質問するなんて『cheeky(図々しい)』」と言ったと伝えられている。ところが,少なくともBallmer氏がいきなりcheekyと答えたわけではない。最初に言ったのは司会者で,同氏はウケ狙いでそれを繰り返したのだ(その際,同氏は「cheeky」の意味を知らないと付け加えた)。

 さらに,同氏は「Webkitに『興味がある』し,MicrosoftはIE用の新たなレンダリング・エンジンが必要なのかもしれない」と述べたという話もある。どちらの発言も事実と異なる。実際には,「Webブラウザの内部では今後も当社や当社以外の人々が画期的な機能をそれぞれ独自に開発する状況が続くだろう。標準仕様に従いつつ,標準化組織の仕様策定を待つことなく画期的な機能拡張が利用できるような,Webブラウザを使えることが大切だ」と話した。つまり,IEで独自レンダリング・エンジンを使っている理由は,ただメリットがあるからでなく,質問者が気にしているWeb標準仕様の進化より先に前進するために重要だからだ。

 その一方,Webkitについては確かに「興味深いソフトウエアだ」と話し,「オープンソース・ソフトウエアが今以上に広まる」と話した。だが,「WebkitはAppleに採用されているが,それと関係なく我々も節目節目で採用を検討するだろう。ただし,現時点では当社のWebブラウザ開発チームとその実行力,レンダリング・エンジンの能力,IE 8で実現した数々の素晴らしい機能拡張,将来実装する計画の機能を,非常に強く信頼している」と強調した。

 結局どういうことか分かりにくいかもしれないが,昔からの教訓を思いだそう。Webサイトに掲載された情報を鵜呑みにしてはならない。何らかの意図があって統計データを使うのと同じく,発言の引用にも何か目的があるものだ。