前回は「最適資本構成タカダ理論」のサワリを紹介しました。この理論を使って「GMS(注1)業界の二強」といわれる企業同士の経営分析を行なう予定でしたが,その前に基礎をかためる意味で,今回は「最適ファイナンス構成論」の仕組みを説明しておきます。

「それって,設備投資を行なうにあたり,銀行借入金と自己資金との最適な組み合わせを求めるものでしたよね」
「通常は,自己資金に係る資本コスト率(自己資本コスト率)よりも,銀行借入金に係る資本コスト率(支払利子率)のほうがはるかに低いので,支払利子率の高低を睨(にら)みながら銀行と交渉するのがいい,といわれていますが」

 いえ,違います。銀行からどれくらいの借り入れを行なうかは,借入金自らの支払利子率の高低に依存するのではなく,相手方たる自己資本コスト率の高低のほうに依存します。ここは勘違いが生ずるところなので,前回でも紹介した最適デット比率の公式(図1)を再掲して,その仕組みを説明するところから始めましょう。

図1●最適デット比率の公式
図1●最適デット比率の公式

 図1には2つの特徴があります。

 1つめは,最適デット比率は「残高」に依存せず,支払利子率と自己資本コスト率という「百分率」にのみ依存する点です。前回のコラムで描いた「図4●最適デット比率を導くグラフ」の曲線は,残高や百分率などの複合ワザによって構成されていました。そこから対数方程式を導出して微分すると,最後には上記の図1にある通り,率で表わされたsとtだけが残る仕掛けです。

 もう1つの特徴は,図1の右辺の分子にあります。まず,右辺の分母は,支払利子率sと自己資本コスト率tの合計です。左辺のvは調達資金のうち銀行借入金が占める構成の割合であり,これは右辺の分子にある自己資本コスト率tの大きさに依存します。vは,自らの支払利子率sに依存しないのです。

「意外な組み合わせだけれど,単純な構成ですね」
「シンプルなものこそ,美しいというわけか」

 次の図2で具体的な数値を使って説明してみましょう。

図2●調達資金の組み合わせ
図2●調達資金の組み合わせ

 まず,支払利子率3%は税効果考慮前ですから,これに(1-法定実効税率40%)を乗じて(注2),税効果考慮後の支払利子率1.8%を求めます。次に図2の(3)ROEを,ここでは自己資金に係る資本コスト率,すなわち自己資本コスト率と見なします(注3)

「支払利子率1.8%と自己資本コスト率8%を比べると,支払利子率のほうが断然低いから,100百万円全額を借入金で賄え,という結論になりますね」
「だって,そのほうが,加重平均資本コスト率(注4)を引き下げる効果があるもの」

 ところが,そこが,現在のファイナンス理論の落とし穴というべきものです。加重平均資本コスト率が下り続ける限り企業価値は増大し,最適資本構成に近づく──,と考えるべきではありません。そこで,支払利子率1.8%と自己資本コスト率8%を図1の式に代入して,調達資金100百万円に関する最適デット比率を求めることにします(図3)。

図3●最適デット比率の算出
図3●最適デット比率の算出

 図3の結果から,調達資金100百万円を,借入金81,600千円と自己資金18,400千円(=100百万円-81,600百万円)にすると,最適ファイナンス構成を実現することができます。さらに,以上の最適ファイナンス構成論を,貸借対照表の使用総資本の構成にまで拡張したのが,前回紹介した「最適資本構成タカダ理論」です。

 使用総資本とは,他人資本(負債)と自己資本(純資産)を合わせたものであり,両者の最適な組み合わせを模索するのが,最適資本構成です。ある企業において以下のような条件を想定してみましょう(図4)。

図4●貸借対照表の使用総資本の内訳
図4●貸借対照表の使用総資本の内訳

 図4の(1)において,使用総資本に占める他人資本の割合が70%であることを記憶しておいてください。

「シャープのβ値とは?」

 これは例えば,日経平均株価の投資利益率と,企業ごとの株価の投資利益率(注5)の関係から,投資利益率相互の感応度を表わす指標です。具体的には次回コラム「セブン&アイvsイオンに,最適資本構成タカダ理論を当てはめる」(12月中旬公開予定)のときに説明します。

 先ほど説明した最適ファイナンス構成論では,ROEをそのまま自己資本コスト率とみなしました。それに対し,貸借対照表の最適資本構成を探る場合は,ROE,シャープβ値,長期国債の利回りこれら三者の関係から,自己資本コスト率を求めます(図5)。

図5●自己資本コスト率を求める
図5●自己資本コスト率を求める

「なるほど,シャープのβ値が“1”の場合は,ROEがそのまま自己資本コスト率になるのですね」
いいところに気がついてくれました。

 長期プライムレートは税効果考慮前ですから,これに(1-法定実効税率)を乗じて,税効果後の長期プライムレートを1.8%とします。以上の結果から,最適デット比率を求めます(図6)。

図6●使用総資本の最適デット比率
図6●使用総資本の最適デット比率

 図4では,使用総資本に占める他人資本の割合は70%でした。図6の結果によると,最適デット比率は80.9%ですから,図4の条件下ではまだ10.9ポイント(=80.9%-70%)の「負債余力」があることになります。以上が最適資本構成タカダ理論の骨子です。

 今回は理解度を優先して,長プラを使った簡単な説明を行ないました。次回はセブン&アイとイオンをテーマにして,両社の資本構成について議論してみることにしましょう。両者の意外な実力差に驚きますよ。

「次回のコラムまで待つのは,ツライなぁ」

 セッカチな人は,ダイヤモンド・フリードマン社が発行する流通経済雑誌『チェーン・ストア・エイジ』をご覧ください。その11月15日号に,セブン&アイとイオンを題材にして,最適資本構成の問題だけでなく拙著『アンカー戦略ファイナンス』で紹介した資金量理論やSCP分析を駆使した経営分析を寄稿しています。売上高はどちらも5兆円規模でほぼ等しいのですが,ワザのセブン&アイに対し,チカラのイオンという姿を浮かび上がらせています。

(注1)GMS:総合スーパーのことです
(注2)法定実効税率については,第48回コラム参照
(注3)『「管理会計」入門』〔4-3-10〕参照
(注4)第10回第38回のコラム参照
(注5)一般には株価収益率と呼ばれますが,本コラムでは投資利益率と呼ぶことにします。岡本清先生の『原価計算/六訂版』797ページご参照

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/