IPv4アドレス枯渇への対策は二つある。IPv6化とキャリア・グレードNATである。

 IPv6化は,アドレスを事実上無制限に得られる新プロトコルを採用する根本的対策だ。ただし,世界中で一気にIPv6対応が進むわけではなく,IPv4だけで利用できるサービスは,今後何年にもわたりインターネット上に存在し続ける。そこで,一つのIPv4アドレス(グローバル・アドレス)を複数のユーザーで使い回すことで枯渇を遅らせ,IPv6が浸透するまでの時間を稼ごうと考えられたのがキャリア・グレードNATである。

 以下では,これらの対策を実現していくための通信事業者とISPの取り組みを見ていく。

大手ISPはIPv6化にまい進

 まず具体的にIPv6対応が必要な個所は,ISPのネットワーク,データ・センター,ユーザー宅の装置を含むアクセス回線である(図1)。

図1●IPv4アドレス枯渇対策の全体像<br>ISP,データ・センター事業者,NTT東西などがIPv6対応を進める必要がある。当面は主流のIPv4サービスを新規ユーザーも利用できるようにするため,ISPがNAT(アドレス変換)を設ける必要がある。
図1●IPv4アドレス枯渇対策の全体像
ISP,データ・センター事業者,NTT東西などがIPv6対応を進める必要がある。当面は主流のIPv4サービスを新規ユーザーも利用できるようにするため,ISPがNAT(アドレス変換)を設ける必要がある。
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 ISPでIPv6対応が必要となるのは,まずISPのネットワークを構成するルーターやスイッチ。そしてユーザーに様々なサービスを提供するためのサーバーもIPv6化する必要がある。

 ほとんどのISPは,JPNICなどを通じてIPv4アドレス枯渇問題を理解しているが,どの程度深刻に受け止めているかはまだ温度差がある。「会員が増えているISPは真剣に受け止めているが,会員が横ばい,または減少しているISPは大丈夫と考えている」と日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の木村孝会長補佐は説明する。

 枯渇対策を真剣に考える大手のISPは,2011年初頭から逆線表を引き,スケジュールを立てている。

 NECビッグローブは,IPv6対応を前倒しし,2009年中には完了させる予定である。「実際の枯渇時期は2011年初頭より前にずれ込む可能性もある。リスク管理という観点から,他社よりも半歩ぐらい先に進むことにした」(基盤システム本部の岸川徳幸統括マネージャー)。具体的には,ネットワークを構成するルーターやスイッチ,サーバーOSや負荷分散装置などをIPv6対応製品に入れ替える。サーバー上のアプリケーションについても,メールやWebなど基本サービスに関わる部分は2009年中にIPv6化する。

 KDDIは,「現在シナリオを検討中。2008年内には計画をまとめる」(コア技術統括本部 IP統合技術本部 赤木篤志IPネットワーク部長)という。ただし,ネットワークを構成するルーターのうち,数年前から導入しているものはIPv6に対応済み。「今後は今のIPv4と同規模で運用できるかどうかを検証していく」(赤木氏)。

 インターネットイニシアティブ(IIJ)は,2009年初頭にIPv6対応スケジュールを発表する予定。「スケジュールは定期的に更新し,ユーザーがIPv6サービスを利用する際に参照できるようにする」(ネットワークサービス部 技術推進課の松崎吉伸シニアエンジニア)。

課題解決まで「2年」では短すぎる

 ISPが進めている取り組みは比較的簡単な部類に入る。IPv4枯渇対策を進めていくうえでは,もっと難しい問題が残されている。IPv6化に伴う「マルチプレフィックス」問題と,キャリア・グレードNATの実現手法である(図2)。

図2●マルチプレフィックスとキャリア・グレードNATにおける未解決の問題<br>マルチプレフィックスは一つのインタフェースに複数のIPv6アドレスを割り当てること。キャリア・グレードNATは,IPv4サービスを継続して使えるようにする手法である。
図2●マルチプレフィックスとキャリア・グレードNATにおける未解決の問題 
マルチプレフィックスは一つのインタフェースに複数のIPv6アドレスを割り当てること。キャリア・グレードNATは,IPv4サービスを継続して使えるようにする手法である。
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 IPv6のマルチプレフィックス問題は,アクセス回線にNTT東西のNGN(次世代ネットワーク)を利用する際に発生する。NGN経由でISPに接続すると,ユーザー側の端末ではNGNとISPの両方から割り当てれたIPアドレスを使い分けなければならず,そのための仕組みをユーザー宅に置くホーム・ゲートウエイやパソコンのOSに持たせなければならない。

 キャリア・グレードNATでの問題点は,実際の製品がまだ存在していないことである。これまで企業で使われていた装置に比べ性能・機能の両面ではるかに要求が高くなる。そうした新しい装置を2011年よりも前に完成させなければならない。さらに,そのために必要となる膨大なコストも大きな問題だ。

 これらの課題は,技術面でもコスト面でもIPv4アドレス枯渇対策最大の壁。逆に言えば,これらの問題をうまく解決できれば,障害はほとんど取り除かれたと言ってよい。以降では,そのうちの一つ,マルチプレフィックスについて,詳しく見ていく。