前回,携帯電話業界にオープン化とグローバル化という構造変革を迫る大波が押し寄せ,場合によっては国内産業が空洞化するという最悪のシナリオを示した。

 垂直統合型ビジネスを進めてきた日本の携帯電話事業者にとってみれば,オープン化とグローバル化の流れは,自らのビジネスを損なう動きにほかならない。しかし携帯電話事業者は,アップルやグーグルによる“中抜き”を恐れながらも,iPhoneやAndroidといった端末の採用を進めている(写真1)。

写真1●米アップルの「App Store」(左)と米グーグルの「Android Market」
写真1●米アップルの「App Store」(左)と米グーグルの「Android Market」
携帯電話事業者を“中抜き”にして,ユーザーに直接アプリケーションやコンテンツを提供する。

 Android端末の採用を明言しているKDDIの長島孝志コンシューマ事業統轄本部コンシューマ商品企画本部長は,「オープン化とグローバル化という世の中の流れに乗らなければ,ユーザーに付き合ってもらえなくなるから」と説明する。オープン化とグローバル化が生み出す多様なサービスがユーザーの支持を集めるのは,同じくオープン化とグローバル化によって発展してきたインターネットを見ても明らか。ユーザーの支持が予想される以上,サービス事業者として端末を用意する必要があるからだ。

 NTTドコモの永田清人執行役員プロダクト部長も,「オープン化とグローバル化によってさまざまなプレーヤが登場して,新しいアイデアが登場する」ことを期待しつつ,「ユーザーに対して既存サービスを継続しながら,オープンなプラットフォームをどう取り入れて提供するかが求められる」と,既存のモデルとオープン型モデルが並存する姿を探る。

 もう一つ,日本の携帯電話事業者がオープン化とグローバル化の流れに乗らざるを得ない理由は,端末調達コストを安く抑えたいというニーズがあるからだ。携帯電話事業者が独自に端末を調達するよりも,グローバルで共通なプラットフォームを採用したほうが安上がりになる。

 このように日本の携帯電話事業者は,自らのビジネスの侵食を恐れつつも,じわじわとアップルやグーグルといったプレーヤの浸食を許している状況と言える。

サービスの多様化が一層進む

 日本の携帯電話事業者はこれまで,端末の開発からサービス設計まで,あらゆるレイヤーに影響力を持つ,垂直統合型ビジネスを進めてきた。このモデルは,新サービスを短期間で普及させるには最適である。端末側に著作権保護の仕組みを盛り込まなければ実現しなかった「着メロ」(着信メロディ)や,非接触ICカード機能や店舗用の端末が必要な「おサイフケータイ」などの実現では,通信事業者の強い主導権は欠かせないからだ。ただし,事業者がサービスを設計する以上,彼らに利点がないサービスは実現しなかった。

 これに対して今後のオープン化とグローバル化がもたらすのは,一言で言えば“サービスの多様化”である。アップルのように,たとえ通信事業者にメリットが少なくても,通信機能を生かした新しい端末を設計し新しいサービスを実現する。通信事業者の承諾なしに,新しい端末や新しいサービスを提供できるのである。

 オープンを売りにしてユーザーやアプリ開発者を集める企業が,既存の事業者を押しのけて“勝ち組”になるというシナリオも見えてくる。「過去の例を見ても,インタフェースをオープンにして味方をたくさん集めた企業が勝つというパターンが繰り返されている」と,各種産業の国際競争に詳しい東京大学知的資産経営総括寄付講座の小川紘一特任教授は指摘する。このパターンは,共通のソフトウエア・プラットフォームを作ることで多くの開発者を巻き込もうとするグーグルのAndroidに共通する。

 「実は,オープンなモバイルビジネスを実現する環境が日本には既に整っている」というのは,MVNOとして新ビジネスの開拓に取り組んでいる日本通信の福田尚久常務取締役CMO兼CFOだ。同氏によると,モバイルビジネスのオープン化の4要素には,ネットワーク,サービス,端末,アプリがあり,日本にはこれらすべてがそろっているのだという。

 この恵まれた条件を生かし,これまで端末やサービスを提供してこなかったメーカーやサービス事業者が参入することは大いにあり得る。彼らは,通信設備を持たないMVNOとして,携帯電話事業者の回線を借り,通信機能を活用した独自サービスを展開するのだ。実際に,日本通信は独自に調達した中国メーカー製端末を使ってNTTドコモのFOMAネットワーク上で通信サービスを開始し,事業者主導の既存の環境に“風穴”を開けようとしている。

 じわじわとオープン化とグローバル化が進む日本の携帯電話は,これまでの垂直統合型のモデルに加え,着実に多様なサービスを生む土壌が拡がりつつある。

この記事は,『日経コミュニケーション』2008年10月1日号 pp.32-45に掲載された内容を再編集したものです。