2008年9月17日に厚生労働省が発表した「薬事法施行規則等の一部を改正する省令案」に対し、10月2日に意見書を提出したヤフー。政府が推し進めているセルフメディケーション(国民の健康維持)の観点から見て、ネット販売規制は逆行していると主張し、ネット販売規制に対して反対姿勢を貫いている。同社CCO兼法務本部長の別所直哉氏に話を聞いた。

(聞き手は、原 隆=日経ネットマーケティング


厚生労働省の省令案に対しての見解は。

ヤフー CCO兼法務本部長 別所 直哉 氏
ヤフー CCO兼法務本部長 別所 直哉 氏
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 法的な根拠のない対面販売の原則を持ち出してきて、ネット販売に規制をかけようとしていることが一番の問題だ。ネットを使うことでリスクは高くならないのに、それをリスクだと言い張っている点を問題視している。

 医薬品販売においては当然、リスクバランスを考えなくてはならない。一般医薬品はむやみやたらに承認されているわけではない。医者の指示に基づかなくても、一般の人が服用して問題がない成分のものだけが認められている。副作用の問題はもちろんあるが、逆に言えば副作用がない医薬品などない。

 医薬品業界では有名な話だが、薬は反対から読むと「リスク」と読める。薬にはリスクが付きものだということだ。実店舗で買ったから大丈夫で、ネットで買ったからダメというものではなく、リスクは一定の確率で発生する。仮に副作用が発生した場合、通常、人は薬剤師や登録販売者のもとに駆けつけるわけではなく、医者のところに足を運ぶ。どこの販売店で買ったかということではなく、治療がすぐにできる体制作りの方を大事にしなくてはならない。

 薬剤師や登録販売者に持たせる役割についても、厚生労働省の見解には大きな疑問を感じる。対面販売が原則というが、薬剤師や登録販売者は診断技術を持っていない。診断は医者にしかできない行為だ。つまり、顔を付き合わせたからといって薬剤師や登録販売者に何ができるのかという話。流通経路の確保のほうがよほど重要だ。

 結局のところ、厚生労働省は旧来型の薬局のことだけを考えているのではないのだろうか。口が裂けても薬局を保護するとは言えないから必死だと思う。

省令案が通った場合、どのような影響を受けるのか。

 実はヤフーには直接的な影響はあまりない。我々よりもショッピングモールに出店している企業の約500社が直接的な不利益を被る。ただ、ヤフーとしては、根拠もなくインターネットにリスクがあると言われる悪影響を懸念している。一つでもこうした理不尽な見解を通すと、あちらこちらで根拠なくネットは危険だと言われることにつながるからだ。

 インターネットは非常に便利な手段だ。インターネットそのものの利用発展を阻害されることは、ヤフーにとって大きな不利益になる。インターネット業界にいる立場として、今回のことは決して見過ごすことはできない問題だ。

ネット販売に反対している勢力がいるのか。

 日本薬剤師会は反対しているが、そもそも一般医薬品をネットで販売している人たちも薬剤師だ。記憶の限りだが、日本薬剤師会はそこまで組織率が高くなかったはずだ。旧来型のビジネスを展開している人もいれば、新しいビジネスを展開している人もいる。いろんな人たちがいるので利害が必ず一致していないのだろう。ビジネスのやり方も実に多彩になっている。

 また、実店舗を展開している大手薬局がネットの存在を気にしている。リアルな世界では改正薬事法によってコンビニという有力な対抗者がでてくる。従来型のビジネスを展開している企業からすると、敵が増えるわけだ。一般医薬品のネット販売は現状では脅かす存在にも至っていないが、将来のことを懸念しているのではないか。

厚生労働省はどういうスケジュールで動きそうか。

 一番最悪なスケジュールは11月下旬の決定だ。一回決まった省令案でも、手続き的には変更できるが、実際はやらないはず。我々は、出来上がった省令案を違法だという訴えは起こせない。個別の事例の案件があって、その条文を根拠に厚生労働省が行政処分をかけてきたそのときには、行政訴訟を起こせる。いずれにせよ、我々にとっては今回の省令案は憲法違反という認識で、そもそも無効だと思っている。ヤフー自らが矢面に立つことはできないが、もし、ネット販売事業者が医薬品の販売を継続して行政処分された場合は、精一杯サポートしていくつもりだ。

パブリックコメント(意見募集)で集まった意見は反映されないのか。

 厚生労働省がどういう措置をするのかまだ分からない。法律は国会を経るので国民の声が反映されるが、省令の場合はそのままでは官公庁の意思だけで作れる。そのため、原則としてパブリックコメントを聞き、企業や国民から広く意見を求めることになっている。

 ただし、パブリックコメントをどういう風に活用するのかは決められていない。パブリックコメントで集まった意見を積極的にくみ取るケースもあれば、集まった意見に対して言い訳を用意するだけというケースもある。今回は後者ではないかと感じている。

今回の省令案に対する世間の注目度をどう見ているか。

 世の中の注目度はさほど高くない。というのも、一般医薬品市場規模そのものが一般の商材と比べて大きいものではないからだ。製造ベースでいうと、年間6000億円程度。そのうちネットでどのくらい売られているのかというデータもなく、実際のところ、一般医薬品のネット販売市場規模は分からない。ただ我々は、医薬品販売を手がける店舗をどうすべきかよりも、まずは国民の健康を守るには何が正しいかを考えるべきだと思う。

 政府が国民保険制度の維持を図るべく推し進めているセルフメディケーションは、やみくもに病院に行くのではなく一般医薬品などを活用して予防しましょうという考え方だ。そういう施策を進めているときに、入手経路を狭めるのがはたして正しい姿だろうか。コンビニで販売できるからと片付けるのではなく、様々なチャンネルを確保しておくことが重要ではないか。一般医薬品を購入するのに不便なところに住んでいる人だっているのだから。

改正薬事法自体は規制緩和を目的とした改正だと見て良いか。

 実際のところは、フタをあけてみなければ分からない。第一類から第三類の分類が消費者にとってメリットのある形できちんと行われなければ、規制緩和とは言えないだろう。

 おそらく現状だと、新薬はすべて第一類医薬品に入れられそうだ。「コンビニでも薬が買える!」と喜んでいても、利用者がすぐにでも利用したいと思える新薬が買えなければ、結局は規制緩和とは言い難い。マーケットポジションが落ちたものしか売れないわけだから。

 厚生労働省は、欧米では普通に売られているH2ブロッカーなどの薬についてもなぜか国内ではしつこく言う。昔は日本人と欧米人では薬の効き方が異なると言われていたが、既に1998年に個体間の差の方が人種間の差よりも大きいというレポートがまとまっている。遺伝的に持っている代謝酵素の役割の違いは確かに人種間で存在するものの、確認できているのはその程度だ。薬はサイエンスだ。厚生労働省には科学的、かつ合理的な基準をもって証明してほしい。

 本当に手元に置いておくべき薬が、簡単に入手できなくなるのかもしれないのだ。国民の健康維持に支障をきたすような世の中にしてはならない。