民主党の衆議院議員からソフトバンク社長室長へとユニークな転進を遂げた著者が,政治と通信の世界を駆け抜けてきた日々をつづった書だ。ここ数年の通信業界を見てきた人にとっては,ソフトバンクのあの時の行動の裏にはこんな事情があったのかという裏話が満載で,一気に読ませる。

 嶋氏がソフトバンクに入社したのは2005年。以降ソフトバンクは,携帯電話事業への参入,ボーダフォン買収,著作権法の改正などの通信と放送の融合の議論,竹中平蔵元総務大臣による通信・放送の在り方に関する懇談会の開催など,激動の日々を迎える。嶋氏はこのような現場の最前線に,当事者としてかかわっていく。

 嶋氏は自身の役割を「スーパーロビイスト」と定義する。企業の利益だけではなく国益も見据えた上で,政治や行政へ積極的に働きかけをする役割のことだ。これまでソフトバンクといえば,行政の対応に不満があれば,訴訟も辞さない覚悟で意見を通す,いわば強引なやり方が常だった。しかし嶋氏は,行政の対応のゆがみは確かにあるが,同社が苦労してきた原因の9割は,情報収集の遅さに起因していたと断ずる。

 嶋氏は議員として官僚と付き合ってきた経験を生かし,ソフトバンクを行政の手法に合わせて戦略的に意見を通していくやり方へと導いていく。なるほど,2006年ころからソフトバンクの孫正義社長は「大人のソフトバンク」という言葉をしきりに発言し,これまでと比べて行政に対する姿勢を軟化させた。このような事情の裏には,嶋氏による戦略の転換があったわけだ。かつてとは違う,現在のソフトバンクに変身する様子が伝わってくる。

 本書には,このほか今だから言えるであろうボーダフォン買収に至るまでの議論の経緯や,通信・放送の在り方に関する懇談会で実現したNTT,KDDI,ソフトバンクによる社長討論の裏話などが記されており,興味は尽きない。

 社長室長という立場からか,ソフトバンクの孫社長の素顔に触れる記述がところどころ見られる点も,本書を読みやすくしている。例えば孫社長のカラオケの持ち歌が「青春時代」であったり,地方で同社の携帯電話がつながらなかった時に担当役員に連絡を取り,解消できるかどうか1時間で回答を求めるなど,“らしい”エピソードが満載だ。

 もっとも本書には,光ファイバの一分岐貸しの要望など,NTTに対するソフトバンクの主張も数多く盛り込まれている。言ってみれば本書もロビイングの道具になっているわけだが,それを差し引いても本書は面白く読める。ソフトバンクという会社の今を詳しく知りたい人や,最近の通信業界の話題に深く触れたい人にとって,必読の書と言える。

政治とケータイ

政治とケータイ
嶋 聡著
朝日新聞出版発行
798円(税込)