米IPDevices 代表
岸本善一

 アメリカに渡って今年で34年目になる。この間日米を行き来きして、文化やビジネスの違いの間をくぐり抜けて来た。最初は大学院生として、就職してからはGTE、 HP、NECなど大手企業の社員・マネージャー・事業部実行責任者として、IP DevicesやIntellimotion Systemsというベンチャー企業のファウンダーとして、さらには臨時バイスプレジデントやCレベルのエグゼクティブ、コントラクターとして各種の企業と関わった。

 一兵卒として管理されたものとして、また管理者として雇用・解雇に直接関わったものとして、IT産業の人々の考え方を理解しているつもりである。とはいえ、私の経験は主にITの最先端を行こうとする企業の話で、アメリカで働く人の全体像を知っているわけではない。

 北米のNECで職を得るまでは、日本の会社との接点はあまりなく、NECに入って日本の会社というものを初めて経験した。たまに私に日本を捨てたのかと聞く人がいるが、「とんでもない」というのが返答である。日本を無視したり、軽視するようなことは全くない。飛行機で飛べば、10時間もあれば行けるからだ。Webサイトで日本のニュースも簡単に読める。常に日米を比較しながら色々なこと見ると、一方から見るだけでは見えない点がくっきりと浮かんでくる。このため、一つのことを日米両方から見る癖がついてしまった。

 さて、このコラムでは、アメリカ発の金融不況がITにどのような影響を与えるか、書いてみたい。金融の専門家ではないが、アメリカと日本のIT業界に30年近く関わってきたものとして今回の金融不況は人ごとではない。

今、米国で何が起きているか

 サブプライム・ローン問題に端を発した金融不安によって、大手投資銀行の破綻・売却が引き起こされ、金融危機が発生した。Merrill Lynch、Lehman Brothers、Washington Mutual、Wachovia、そして今年初めのBear Stearnsを含めると、実に数多くの大手が事実上、消滅に向かったことになる。

 Lehman Brothersの破綻の際は、正直なところ、ここまで金融危機が進むとは思っていなかった。状況が悪い時に状況が悪いというコラムを書くことは、更に状況を悪くしているように思うのだが、今回の一連の金融危機とそのITに対する影響に関して所見を述べる。10月11日の週末のG7緊急会議を経て、ダウ平均は900ドル以上昇して9000ドル台を回復したが、その後再び下落している。今後も乱高下してしばらくは、予想もつかない展開となろう。

 金融危機が訪れると、まず最初に危惧することは雇用不安と大量の人員整理である。日本で人員整理の記事が出たり、そのニュースが発表されると悲壮感が漂い、この世の終わりという感じで描かれる。アメリカの報道も同様であるが、私が知るIT業界に限って言えば、人々には諦観に似た感情がある。好業績の会社が更に業績を上げるためやM&Aのために人員整理をすることも日常茶飯事なので、仕方がないと思っている人が多いと思う。

 現在の金融危機は2000年から起こったドットコム・バブルの破綻のようにIT業界から引き起こされたものではない。あの時とは大分違うと思う。人々は物忘れが激しいので、昔に起こった金融危機を忘れてしまい、同じことを繰り返す。これに対し、ドットコム・バブルがはじけた2000年は10年近く前とは言え、まだ当時を覚えている人は多々おり、IT業界では同じ過ちはあまり繰り返さなかったのだろう。