NTTデータビジネスコンサルティング
酒井幸良,照井栄介

 「CRMは期待通りの結果に至らない」――。CRM(Customer Relationship Management)に取り組んだ多くの企業のトップがこのように言う。実際,米国IT調査会社のガートナーによると,CRMに取り組んだ日本企業で「期待通りの成功」と答えたのは5%未満にすぎない。「ある程度は成功」と答えた企業を合わせても2割程度であり,CRMで成果を上げた企業は非常に少ない。

 では,本当にCRMは期待通りの結果に至らない,無駄な努力なのだろうか…。

 もちろん,そんなことはない。ただし,「CRMを正しく理解し,うまく取り組めば」という条件が付く。

1990年代後半,経営トップはCRMに大きく失望した

 初めに,「CRMとは何か」を簡単に整理しておこう。Customer Relationship Managementという言葉が示す通り,企業と顧客との関係を良好に維持したり,さらに強化したりする活動である。どんな企業にも「顧客」は存在するため,CRMはあらゆる企業にとって重要な活動と言える。

 例えば,商品の売買や問い合わせ,アフターサービスなど,顧客とのやり取りの履歴情報や,顧客の年齢,家族,住所,職業,所属組織・権限といった顧客の属性情報を一元管理しておく。ここから顧客のニーズや顧客が喜ぶ“ツボ”を見つけ出すことで,個々の顧客に合った商品やサービスを“ピッタリ”のタイミングで提供するのだ。このように,きめ細く顧客を観察し,ケアを続けることにより,顧客がその企業のことをますます信用してファンになってくれるだろう。この「企業と顧客との関係」を築くための取り組みがCRMである。

 CRMは,ある日突然,1回限りのトライでできるものではなく,関係者全員が日常的に意識し,しつこく続けることで,少しずつレベルが高まっていく。また,CRMはシステム導入だけの話ではない。企業文化,組織体制,業務手順,社員の意識など,企業の顧客対応力の「総力」が上がるまで,幅広く,粘り強く,続けていく必要がある。

 CRMという概念は1990年代後半に登場した。当時は,これさえやればすぐにでも売り上げを伸ばせる夢のような経営手法として喧伝され,企業トップの期待も高かった。

 だが,思ったような効果が出せず,企業トップは失望し,一度は下火となった。その理由は3つ挙げられる。

 1つめは,現場が使いこなすようになるまで,しつこく続けてこなかったこと。CRMのシステムを導入した時点でプロジェクトを終了してしまい,現場に根付かせるための仕掛け(ヘルプデスクの設置や継続的な研修など)を用意し,活用の徹底を促さなかったことが敗因だ。

 2つめは,社内の意識合わせが不十分だった。CRMに取り組む目的が共有されていない,現場が苦労して入力したデータに対するフィードバックが無い,などの進め方の拙さのために,現場にやらされ感や不満が蔓延し,協力を得られなかったのである。

 3つめは,技術的なハードルがまだ高かった。当時は,SFA(Sales Force Automation)や受注・出荷システムといった実行系のインフラと,蓄積されたデータを分析するBI(Business Intelligence)などの分析系のインフラが分断されていた。実行系と分析系のデータを統合して活用するには,相応の労力やコストを必要としていたのである。

不成功だったはずのCRMを,なぜ繰り返すのか?

 ところが,である。興味深いことに,昨今の状況は一変していると言っていい。同じくガートナーの調査によれば,「国内のCRM関連市場は,これから5年間,年平均成長率6.4%で拡大する」と予測している。年率6.4%というのは結構高い数字である。一度は失望したはずのCRMに,なぜ企業は再び積極的に取り組もうとしているのだろうか。

 高成長の要因は,主に2つある。まず,(1)これまでの取り組みの反省点を踏またうえで,新たに自社のCRMを見直そうとする企業が次々に出てきたこと。そして,(2)米Salesforce.comのように,CRMシステムをSaaS(Software as a Service)として提供するベンダーが登場したことである。企業は,CRMシステムを一から作らなくても,すぐに妥当なコストでCRMシステムを利用できるようになった。

 かつての失敗を糧にして,迅速かつ柔軟にCRMシステムを構築・利用しようとする企業が続々と現れているわけだ。このトレンドが当分続くことを考えると,まさにこれから先の数年間がCRMの“勝負どころ”となる。成功した企業はどんどん先へ行き,同じ過ちを繰り返してしまった企業は取り残されかねない。