2003年ころから無線ICタグの取材を重ねている中で,国際的に活躍する複数の識者から耳打ちされたことがある。「米ウォルマート・ストアーズは何があってもICタグをやめたりしない。背後に米軍がいるから」というものだ。

 話は,湾岸戦争(1991年)やアフガン侵攻(2001年~)などで,米軍が最前線への物資供給に手を焼いてきたことに端を発する。最前線に近い現地の物流拠点では,高度な物流機器など存在せず,紙の伝票が付いた物資を人手で受け入れ,仕分け・配送する。誤配送など日常茶飯事で,兵士がやっと届いた食料ケースを開けてみると,全部,朝食セットだったという笑えない話もあったという。誤配送などによる欠品を恐れ,多め多めに発注する物資は,空き地にうず高く積まれる。戦地ではそれが当たり前だったのだ(参考記事:「イラク駐留米軍の在庫の山が消えたワケ」)。

 そこで米軍が目を付けたのがICタグである。物資のケース単位などにICタグを取り付けて入出荷時に自動識別し,戦地でのサプライチェーンの精度を高める狙いだ。ところが2000年初めに市販されていたICタグは100円以上していたため,高すぎてケース単位などには張り付けられない。米軍独自のICタグ規格を作っても価格は高止まりするだろう。

 ここでウォルマートが登場する。売上高約39兆円の世界最大の小売業者だ。米軍はウォルマートに働きかけ,共通の標準規格を作り,ともに納入業者にICタグ張り付けを強制しようと持ちかける。世界最大の小売業者と共通規格のICタグが普及すれば価格が安くなり,米軍は,納入業者に対して支払うICタグのコストを大幅に抑えられる。

 ICタグの標準規格「Gen 2」を作った標準化団体「EPCグローバル」は,元々米軍とウォルマートが主導して,結成されたものだ。両者はいずれも2003年にICタグの張り付け要請について発表し,2005年に実際の受け入れを始めた。ウォルマートは実際の導入効果に対して疑問を投げかけられながらも,しぶとくICタグ導入を推進している。2008年1月には,会員制のバルク販売店舗「サムズクラブ」で,全納入業者に対してICタグ張り付け義務化の方針を打ち出したばかりだ(参考記事:「ICタグ導入に最後の賭け」)。

 ICタグの本格導入というリスクをウォルマートに背負わせるため,米軍はどんなアメとムチを使ったのか。残念ながら,それに答えてくれた識者はいない。そもそも記者は,この話をウォルマートや米軍に直接取材できたわけでもない。それでも記者は「説得力のある話だ」と感じている。

 米軍とのやり取りの内容は分からないが,ウォルマートは実際にICタグで利益を得ようとさまざまな努力を続けている。努力しない理由はない。どうせやらざるを得ないのなら,少しでも利益を出した方が得に決まっているからだ。どんな取り組みもしつこく改良を続け,コスト削減につなげていくのはウォルマートのカルチャーである。そうしてウォルマートがドライブしたICタグは,地道ではあるが利用が広がっている。価格も順調に下がり,米国では紙ラベル型で10セントを切るレベルまでいっているようだ。円高もあり,「5円タグ」が視界に入ってきた。

 低価格化のトレンドは米軍やウォルマートが諦めない限り続くだろう。それをどう活用するのか。知恵を絞った企業が,いち早く果実を摘み取ることになる。