競争が激しい米国の携帯電話市場で新たなサービスが始まっている。携帯電話専業の事業者が固定電話事業者の領域に入ろうとしているのだ。その一例がIP電話サービスへの取り組みである。T-モバイルUSAは低料金のIP電話サービスを同社の携帯電話サービスとセットで提供。ユーザー層の拡大を狙う。

(日経コミュニケーション編集部)

 米国第4位の携帯電話事業者であるT-モバイルUSAは2008年7月,家庭の固定電話機を活用したIP電話サービス「T-Mobile@Home」の全国提供を開始した。ブロードバンド回線に固定電話機を接続する形でのIP電話サービスは,米国のベンチャー企業のボネージ(Vonage)などによる提供事例があるが,携帯電話事業者が手がけるケースは珍しい。

ブロードバンド回線経由でIP電話

 このサービスでは,T-モバイルUSAの携帯電話加入者が,自身が契約している携帯電話料金プランに月額10ドル(約1100円)を上積みすることで,家庭から発信する米国内通話を無制限に利用できる。それだけでなく,通話中着信,発信者番号通知,ボイス・メール,通話転送などのネットワーク・サービスも利用可能だ。

 このサービスを契約する際の条件は二つ。(1)固定通信事業者やCATV事業者などが提供するブロードバンド・サービスに加入していること,(2)T-モバイルUSAの加入者であって月額39.99ドル(約4400円)以上の個人向け料金プランもしくは月額49.99ドル(約5500円)以上の家族向け料金プランを利用していること──である。

 家庭内では,既存の固定電話機とT-Mobile@Home専用のブロードバンド・ルーター「T-Mobile@Home HiPort」をモジュラ・ケーブルで接続し,ルーター経由で固定ブロードバンド回線につなげる(図1)。このサービスを2年間継続利用する契約を結んだ場合,ルーターを50ドル(約5500円)で購入できる。電話番号は既存の番号をそのまま継続使用可能だ。固定電話機は加入者が既に使っている機器や市販の機器をそのまま利用できる。さらに,T-モバイルはこのサービス向けにコードレス電話機を提供している。

図1●T-モバイルUSAが提供するIP電話サービス「T-Mobile@Home」の機器接続構成例<br>一般の固定電話を専用ルーターに接続して利用する。
図1●T-モバイルUSAが提供するIP電話サービス「T-Mobile@Home」の機器接続構成例
一般の固定電話を専用ルーターに接続して利用する。
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狙いは「固定電話代替」

 米国の携帯電話市場は,現在実質的に大手4事業者による競争となっている(図2)。これらの中で加入者数で下位の2社は携帯電話事業専業である。

図2●米国の大手通信事業者による携帯・固定電話市場への取り組み<br>固定電話事業を持たない携帯電話専業事業者が,固定電話市場に対して競合サービスを提供している。
図2●米国の大手通信事業者による携帯・固定電話市場への取り組み
固定電話事業を持たない携帯電話専業事業者が,固定電話市場に対して競合サービスを提供している。
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 米国では数年来,固定電話事業者,携帯電話事業者が合併を繰り返し,乱立気味だった事業者が大手に収れんしてきた経緯がある。携帯電話事業で上位シェアを握るAT&Tとベライゾンは,その再編の中心的存在だった。

 一方,第3位のスプリント・ネクステルは,スプリントとネクステルの合併後に固定(地域)電話事業を分離し,ほぼ携帯電話専業の通信事業者となった。第4位のT-モバイルUSAは,携帯電話専業事業者のまま今日に至っている。

 今回のT-モバイルUSAの動きは,固定電話事業を持たないことを逆手に取り,既存の固定電話市場に競合サービスを投入したものと言える。T-モバイルUSAは2008年2月から,T-Mobile@Homeの試験サービスをシアトルとダラスで提供し,7月から本格展開に踏み切った。

 T-モバイルUSAによる固定電話市場への取り組みは,実はT-Mobile@Homeが初めてではない。同社は2006年10月にシアトルで,無線LAN対応の携帯電話機を使った“ワンフォン”型の固定と携帯との融合サービスである「HotSpot@Home」の提供を開始し,2007年6月から全国展開している。

 同社のプロダクト・ディレクターであるブリット・ワーマン氏は「このサービスの利用者の中には,固定電話を解約した利用者もいる」と述べており,固定電話の代替という狙いは一部で成功している。それだけでなく,同社はシアトルとダラスにおけるHotSpot@Homeの利用者の45%は,他の携帯電話事業者からの乗り換えであることを明らかにしている。T-モバイルUSAにとって,固定電話サービスへの取り組みは,加入者の増加に寄与していると言える。