米Sequoia Capitalが投資先CEOに送付したプレゼンテーションの表紙
米Sequoia Capitalが投資先CEOに送付したプレゼンテーションの表紙
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 金融危機が世界を覆っている。ITの世界でも業績の下方修正が相次ぎ,シリコンバレーの名門ベンチャ・キャピタルが投資先に対して行った「危機に備えよ」というプレゼンテーションが話題になっている。

 米Sequoia CapitalはGoogle,Apple,Yahoo!などを育てたシリコンバレーの中核ベンチャ・キャピタルである。「Get Real or Go Home」,現実を直視せよ,さもなくば退場せよ。Sequoia Capitalはそう説く。

 日本でも多くの企業が目前の需要の急速な減退と信用収縮と戦わねばならないだろう。だが,その混乱が過ぎ去った後には何が起こるだろう。2000年頃,ITバブルの崩壊と呼ばれる現象があった。遠い昔のようにも,つい先日のようにも感じる。それを振り返りながら,ITの世界でのバブルが崩壊した際に何が起きたかを考えてみたい。

安価で未成熟な技術の利用が進む

 バブルが崩壊した後に起きたことの一つは,それまではビジネスの場では使われてこなかった,安価だが実績の少ない未成熟な技術の利用が進むことである。

 オープンソース・ソフトウエアはその代表だ。「ボランティアが作ったソフトウエアを誰が保証するのか」---好景気時にコストよりも信頼性を優先していた顧客は,バブル崩壊後の不景気の中で,実績は少ないが低コストのオープンソース・ソフトウエアをおそるおそる利用し始めた。ビジネスに利用される中でオープンソース・ソフトウエアの性能や信頼性は磨かれ,現在では標準の一つになった。

 現在,安価だが実績の少ない未成熟な技術にはクラウド・コンピューティングがあげられる。「大切なデータと業務を雲の上に預けて大丈夫か」---多くの企業はクラウド・コンピューティングに対しそういった不安を抱えている。景気後退の中でコスト重視を強める企業が,不安を押し切ってデータと業務をクラウドに預ける動きが加速するだろう。ERPなど,これまであまり使われてこなかった領域にオープンソース・ソフトウエアを採用する動きも拡大するかもしれない。

過剰投資で整備されたインフラが放出される

 ある投資対象が,投資家の期待にこたえるだけの収益を上げられないことが明確になる。それが大規模に発生するのがバブル崩壊だ。Web 2.0という言葉も,投資家向けのバズワードとしては役目を終えたように見える。

 ITバブルの際には多くのドットコム企業や通信会社に巨大な投資が行われた。ITバブルが崩壊後,多くの企業が倒産あるいは買収された。2002年に再建手続申請を行ったWorldCom(現MCI)の負債410億ドルは当時,米国の企業倒産として史上最大となった。

 だが元Intel CEO Andrew Globe氏は,ITバブルには罪だけでなく功もあったと語る。梅田望夫氏の「ウェブ時代 5つの定理」は,Globe氏のこんな言葉を紹介している。「でもブームそれ自身もヘルシーだった。行きすぎも含めてね。(中略)確かに、インフラはいずれ何らかの形で形成されたと思う。でもそれは、15年ではなく5年でできてしまった」。

 インターネットの可能性に対する期待は,ネットの上に巨大なサーバーの雲を形成した。そのインフラがこれからさらに安価に提供されるとすれば,バブルの崩壊は新しい価値を作るための環境を用意したことになる。

好況時にはできなかったことが可能になる

 バブル崩壊後には,それまで人的リソースの不足のためにできなかった様々な試行錯誤も行われる。まつもとゆきひろ氏がRubyの開発を始めたのは,日本のバブル崩壊後に仕事量が減り,空いた時間ができたことがきっかけのひとつだったという(2007年日経BP技術賞大賞 Ruby開発ストーリー)。

 バブル時に積みあがったリソースが安価に提供されることによって,また資金需要が後退し金利が低下,期待される収益率のハードルが下がることにより,好景気時には成り立たなかったビジネスが成立するようになる。例えばGoogleが創業した頃,検索が儲かるビジネスになると思っていた人はほとんどいなかったという。しかしGoogleはLinuxなど安価なソフトとサーバーを利用して検索ビジネスを成立させただけでなく巨大な市場を築いた。

 目前にあるのは厳しい経済環境であることは間違いない。だがそれは好況時に出番のなかった新しい技術の胎動と普及の時期でもあるはずだ。