この記事は,日経ソフトウエア2008年3月号,短期集中連載「ニコニコ動画開発記(上)」の再録です。記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります。なお,2008年10月24日発売の日経ソフトウエア2008年12月号に「ニコニコ動画開発記(耐)」を掲載しています。同じ著者の鈴木氏が,ニコニコ動画(夏)の開発の様子を中心に,開発チームの苦闘の日々を記しています。
鈴木 慎之介(すずきしんのすけ)
ドワンゴ 研究開発本部 第二開発部 ポータル機能開発セクション セクション マネージャー
鈴木 慎之介(すずきしんのすけ) 筆者がドワンゴに入社したのは2000年2月。当時19歳の高校生でした。2000年3月の卒業式には,会社の有給を取って参加しました。ニコニコ動画にかかわる前は,携帯向けコンテンツや,社内向けミドルウエアの開発などにかかわっていました。現在は,ニコニコ動画を開発するチームの統括をしています。
http://d.hatena.ne.jp/shinno/

プロトタイプ「ニワビデ」

 話は2006年11月にさかのぼります。ある日,同じ会社*1で働くエンジニアの戀塚*2から,メッセンジャー*3でメッセージが届きました。内容は一つのURLです。送られてきたURLをWebブラウザで開くと,まるでYouTube*4のような,見るからに動画共有サイトという画面が表示されました。いくつかの動画がサムネイルで表示されて並んでいます。

 筆者はサムネイルの中から,OK Goの「Here It Goes Again」*5をクリックして再生してみます。すると動画が再生され,その上を文字列がスルスルと流れていきます。社内のだれかが,この動画に対して入力したコメントのようです。

 筆者が動画を眺めていて“面白い”と感じた瞬間にあわせて,「これはおもしろいw」「そうだね、おもしろいw」というコメントが,動画の上を流れます。当初のコメントはたわいもないものばかりで,数も少ないものでした。ところが社内に広まるにつれ,たくさんのコメントが動画につき始めました。動画の盛り上がりが,画面上を流れるコメントの量で視覚化されています。一人でPCに向かっているなのに,まるで友だちと一緒にテレビやDVDを見ているようです。

 動画を見ている時間はバラバラでも,他人と時間を共有しているように感じる――筆者は,「ニワンゴビデオ(通称ニワビデ)」と名付けられたこのプロトタイプに夢中になりました。

ニコニコ動画,キックオフ

 2006年11月17日,とあるモバイルサイトの立ち上げを終えたばかりの筆者は,上司の千野*6に呼ばれ「動画にコメントをつけるサービス『ニワビデ』のインフラ設計と,手配,構築をしてほしい」と依頼されました。あのプロトタイプのことです。筆者はすぐに了承しました。 2006年12月1日,ドワンゴの会議室で「ニワビデ」プロジェクトのキックオフ・ミーティングが開催されました。参加者は,会長の川上*7,ひろゆき氏*8,デザイナの中川*9,戀塚,そして筆者でした。このメンバーで,サービス・インまでに必要な企画や作業を整理,実行しながら,毎日定例会議を開くことにしました。サービス・インの目標は2006年12月12日。ほとんど時間がありません。

 なにはともあれ,サービス名が必要です。プロトタイプの新感覚を表現できる名称を決めるのは難しいのではないかと思いましたが,実はあっさり決まっていました。キックオフの前に,とあるメンバーでブレスト*10していたところ,あるメンバーが「かっこいいサービス名ではなく,肩のチカラが抜けた名称がいい。たとえば『ニコニコ動画』とか」と発言。それがひろゆき氏のツボにピッタリはまったのです*11

図1●ニコニコ動画のロゴでボツになったデザインと,現在のロゴのデザイン。「肩のチカラが抜けた感じ」がポイント
図1●ニコニコ動画のロゴでボツになったデザインと,現在のロゴのデザイン。「肩のチカラが抜けた感じ」がポイント

 ここで出た「肩のチカラが抜けた」というキーワードは,ニコニコ動画のさまざまな企画において,重要な役割を果たします。サイトのデザイン,ロゴ,動画の並べ方など,そのすべてにおいて,毎日,夜遅くまで「肩のチカラが抜けたもの」を考え続けました。

 図1の上は,当時ボツになったロゴのデザイン案の一つです。肩のチカラが抜けたものとして候補に残っていました。最終的には,現在のロゴに近いものになりました。現在のロゴはフリーフォントの「S2Gメモ*12」を利用しています。