ITproのサイトを担当していて最近感じるのは,SaaS(Sofeware as a Service)関連の記事が増えてきたということだ。SaaSとは,ソフトウエアを自社のサーバーに導入するのではなく,あらかじめデータセンター上に用意されたソフトウエアをサービスとして利用するシステム形態を指す。以前はASP(Application Service Provider)と呼ばれることが多かったが,ASPは1999年にブームとなり,2000年頃をピークに終息した。その後,ASPはSaaSと名前を変え,2006年から急速に浸透してきた。
例えば,2008年に入ってから事例データベースに掲載したSaaSの導入事例を挙げてみよう。
- 【三菱UFJメリルリンチPB証券】BIシステムで分析能力向上
- 【コープさっぽろ】食の“安全・安心”をネットで確認,最大65万人がGoogle Apps活用
- 【京都府立医科大学】メール・システムをSaaS型へ移行,学内とのシングル・サインオンを実現
- 【スルガ銀行】自行サイトにASP方式の検索サービスを導入
- 【西武グループ7社】2万7000人利用のSaaS型勤怠管理システムを導入
- 【NPO法人 あおば】携帯電話で訪問介護をサポート,リアルタイム管理や情報共有を可能に 【セガ】旧システムを生かし,SOAでワークフローを構築
SaaSというとSFA(セールス・フォース・オートメーション)やCRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント)のイメージが強い。営業という職種は,業種にかかわらず仕事のプロセスに共通する部分が多く,企業ごとに大きくカスタマイズせずに利用できるからだ。だが,これらの事例を見て分かるのは,SFAやCRMに限らず,SaaSが様々な業務に普及してきているということである。
なぜ,ASPは終息し,SaaSが台頭してきたのか。様々な理由があるが,ここで注目したいのは,SaaSが稼働するシステム基盤,すなわち“サービス・プラットフォームの進化”である。ASPは定型業務をこなすのに向いており,多くの社内システムのようにカスタマイズやシステム連携が欠かせない業務には不向きだった。つまり,社内システムではできるがASPではできないことがたくさんあった。
だが,サービス・プラットフォームが進化してきたことにより,SaaSでも社内システムと同じようなことができるようになってきたのだ。その進化を「メーカーの変化」「サードパーティの参入」という2つの観点で見ていこう。
メーカーの変化
まずは,メーカーの変化である。OSやミドルウエアを開発・販売してきた主要プラットフォーム・ベンダーが今,自社の製品をネットワーク上のサービスとして提供するようになっている。
例えば,Microsoftは既にExchange ServerなどをSaaSとして提供している。さらに,2009年前半にはストレージ/データベース・サービス「SQL Server Data Services」を開始する予定である。CEO(最高経営責任者)であるSteve Ballmer氏は,2007年11月に来日した際「10年後,自社が管理するサーバーでデータを保持したり,トランザクションを実行したりする企業は無くなるだろう」と語っている。「トランザクションを実行したり…」という表現は,俗に言うミッションクリティカルなシステムまでSaaS上で稼働させようという意欲を持っていることを意味している。
また,Oracleも「CRM On Demand」を2007年8月に提供開始している。これはCRMの機能をSaaSで提供するもので,OracleはここにERPパッケージ「JD EdwardsEnterpriseOne」の統合を予定しており,その時期は2009年と言われている。
これらはプラットフォーム・ベンダー自らが,自社が運用するデータセンター上で「ソフトウエアをサービスとして(SaaS)」提供する例である。だが,それだけでなく他社が運用するデータセンター上での動作保証を与えることでサービス展開するケースもある。
例えば,Oracleは,仮想マシン・サービス「Amazon EC2」上でのOracle Databaseの正式サポートを表明した。Amazon EC2とは,オンライン書店Amazon.comが自社のシステム基盤をサービスとして提供するものだ。このサービスを利用すると,Oracleのライセンスを購入したユーザーは自社でサーバーを用意する必要が無くなる。何回かのクリックと数分間の作業で,Amazon EC2へのOracle DBのインストールを完了できる。
「Exchange Server」「SharePoint Server」「SQL Server」「Oracle CRM」「JD Edwards」…。ライセンスを購入し,社内システムにセットアップして使うしかなかったこれらのミドルウエアが,既に,あるいは近々,サービスとして利用できるようになってきた。SaaSベンダーやユーザー企業は,サービス・プラットフォーム上に自由に情報システムを開発できるようになってきたのだ。
サードパーティの参入
サービス・プラットフォームをけん引するのは,主要ソフトウエアを開発・販売してきたプラットフォーム・ベンダーや,自社システムが稼働するデータセンターを開放してサービスを提供するAmazon.comなどのサービス・ベンダーである。だが,彼らだけでシステムが成り立つわけではない。サービス・プラットフォームが大きな広がりを見せるのは,サードパーティの存在があるからである。
Amazon EC2上には,サービスレベルや運用管理などデータセンターの不備を補完するサードパーティがある。例えば,HerokuはRuby on Railsの運用サービスを提供する。RightScaleは仮想サーバーのクラスタリングやMySQLの運用サービスを提供する。このようなサードパーティが続々と参入して,Amazon EC2で稼働するシステムの信頼性や使い勝手を向上することに貢献しているのである。
ホストからクライアント・サーバーへ,クライアント・サーバーからWebシステムへ,ITのアーキテクチャが変わるとき,必ず起きることがある。「旧世代のアーキテクチャの盟主による新世代のアーキテクチャへの投資」と「信頼性や使い勝手を補完するサードパーティの参入」である。今,SaaSのサービス・プラットフォームを舞台に,この2つが起きている。社内に構築する情報システムから,サービス・プラットフォームを基盤とする情報システムへの移行が起きているのである。そして,冒頭に見たように,そのメリットを感じたユーザーが続々と導入に動いている。