漫画『ドラえもん』の主人公であるのび太は,捕獲器に捕まったゴキブリが可哀想だといって逃がしてやるようなメンタリティを持った子供である---。

 この7月25日,アーサー・D・リトルシニアマネージャーの川口盛之助氏が「AT International 2008」の展示会場に設けられたメインシアターで,アクアビット社長の田中栄氏と対談した際に出てきた話である。

 川口氏は,のび太がゴキブリを逃がしている漫画のカットを紹介して,ゴキブリの命さえも大切にする「のび太的」なメンタリティが,製造業の競争力を上げるためにも重要なことだ,という趣旨のことを語った。

「左下王」としての日本

 のび太的メンタリティとは,「女性的で子供的」であることだ(そのあたりは,同氏の著書『オタクで女の子な国のモノづくり』に詳しい)。縦軸に大人っぽさ・子供っぽさ,横軸に女性的・男性的をとったグラフを描くと,日本人は左下の象限に位置する,と考える(例えば,このようなグラフである)。

 つまり,日本人は「女性的」と「子供的」という両方を兼ね備えている。これに対して,他の国々は,子供的だが男性的(右下),女性的だが大人的(左上)とどちらか,あるいは対極にある男性的で大人的(右上)という象限に位置する。

 自動車で見ると,子供的だが男性的なパワーのあるクルマは米国が(右下),女性的だが大人的なエレガントなクルマはフランスやイタリアといったラテン系の国(左上)が,男性的で大人的な質実剛健なクルマはドイツや北欧諸国(右上)が得意とするところである。これに対して日本人は,「『左下王』なのです」と川口氏は言う。

 もちろん,日本の自動車メーカーも「左下」以外のクルマも出してはいるが,例えばエレガントさでは「Ferrari」に,パワーさでは「HUMMER」にはなかなか勝てない。それは,不得意科目を克服しようとして優等生的にエレガントさやパワーさを追求しても,かえってそこからはかけ離れていくという状況かもしれない。

弱きを救う「日本」

 では,日本が本来持っている「女性的で子供的」なクルマとはどのようなものなのか。川口氏は,乗り降りの際に足のラインが美しく見えるようにデザインした日産の「マーチ」や,こうした特徴が特に未来の自動車であるコンセプトカーに表れているとして,トヨタのパーソナルモビリティ「i-REAL」を挙げた。さらに,自動車メーカーが取り組んでいるものとして,特に何かに役に立つというわけでもなくロマンとして取り組んでいる二足歩行ロボットもそれに当たると言う。共通するのは,欧米が「強いものを挫く」コンセプトであるのに対して,日本は「弱きを救う」ことを特徴としていると見る。

 同氏は,自らの得意科目を極めてトップに立つべきだと強調した。確かに,将来的に自動車という製品が汎用品とブランド品に二極化し,「中途半端」な製品の競争力が下がるという状況であれば,得意科目で頑張ってブランドの確立を目指すのも一つの選択肢だろう。

 これまで日本の製造業は,何かに特化した製品というよりは,誰もが好む平均値的な製品に強みを持ってきた。筆者はこれまでこれらを,「日本の製造業は中央部に位置する」,という視点で考えてきた(以前のコラム1コラム2)。

「のび太」が日本の製造業を強くした?

 川口氏の話を聞いて思ったのは,「中央部に位置する」=「のび太的」ではないかということである。同氏は,対談の中で,「高品質なものづくりとか,使い勝手を良くするとか,コストパフォーマンスを上げるとか,環境に優しくするとか,といったやり方は,昭和の日本のエンジンだったのです。そしてこれは,特に何かに勝とうとしてやってきたものではなかったのではないかと思うのです」と語った。

 確かに,日本の製造業の強みとは,顧客に対してきめ細かくサービスすることによって,結果として勝っていたというものであった。それは文字通りの「顧客」だけでなく,次工程という自社内の「お客さん」にも向けられた。時に,過剰品質というリスクを抱えながらも,そうした何に対しても「お客さん」として大事に扱うのび太的な姿勢は,製品の高品質化につながり,顧客の使い勝手向上につながった。また,特に,部品や材料といった顧客サービスが高い価値を持つ業種で高い競争力を誇るに至った(以前のコラム1コラム2参照)。

 ただし,昭和期に,そうしたのび太的なメンタリティによって製造業の競争力が高まったのには,幾つかの「条件」が満たされていたためだったと思われる。その一つは,欧米が開発してきた技術にキャッチアップすればよかったという点だ。または,何をつくるかという目的は与えられており,それに向かって邁進すればよかった,という面もあっただろう。

 もちろん,こうした「キャッチアップ型」または「目標邁進型」の手法は今でも分野によっては健在である。品質向上の余地がまだあり安全性が求められる自動車分野やきめ細かい顧客サービスが求められる機能材料分野などだ。ただし,全体としてみると,その「領分」は次第に狭くなってきていると言わざるを得ない。以前のコラムでも見たように,製造業にとっては,明確な目標を決めにくくなってきて,「どうつくるか」に代わって,「何をつくるか」の比重が少しずつ増しているのである。