エンジニアにとってコミュニケーション能力が重要であることは言うまでもない。しかし,コミュニケーション能力の4種類である「話す」「聞く」「書く」「読む」のうちで「話す」ことばかりが重視され,他の三つは少し軽く見られているのではないか。エンジニアにとって「聞く」ことがいかに大事か,筆者と親交のある,あるベテランの失敗を糧としたい。

 40歳代のITコンサルタントのAさんは以前に何度も仕事をもらったX社から新たな仕事の依頼を受けた。AさんはX社と15年の付き合いで,X社の内情には精通していた。Aさんがまだ若手の頃に一緒に仕事をしたX社の課長や係長が15年たって役員や部長に昇進しており,「顔パス」で会えることが自慢の一つでもあった。

 新しい仕事はあるシステム企画のコンサルティングである。若手のB君を部下にして取り組むことになった。X社側のメンバーは30歳前後の若手数人である。この10歳の年齢の差がAさんにとって思わぬ落とし穴となった。

 AさんはITコンサルタントという職業の割にルーズでアバウトな面がある。若い頃は多少ましであったが,年齢を重ね経験を積むことで「その場の状況対応能力」が鍛えられたのを幸いに,何でも「その場力」で解決してしまう癖が付いてしまったのである。「その場力」とその事後処理に必要となる「徹夜力」はなかなかのものであった。X社はおおらかな社風であり,これまではAさんのアバウトさが原因のミスがあっても,徹夜で必死になって取り組んでいる姿を見て許してくれたのである。

 さて,コンサルティングのプロジェクトが始まった。AさんはB君に資料作成を指示したが,指示はあいまいで事前チェックもしなかった。中途半端な資料であったが,そこはアバウトなAさんである。X社へのプレゼンが始まっても,あまり気にせず説明していった。B君は途中で,X社のメンバーの表情が険しくなっていることに気がついた。しかしAさんは気がつかない。質疑応答になったときにX社のメンバーから矢継ぎ早に意見が出された。「この部分の説明の意味が分からない」「当社の状況把握のこの点が間違って認識されているのでは?」「専門用語やカタカナが多い。普通の言葉でお願いできないか」。かなり厳しい内容だったが,そこはAさん,悠然と「分かりました」を繰り返した。

 その翌週のミーティング。Aさんが話し始めるとすぐにB君は気がついた。先週の指摘が全く改善されていないことに。もちろんX社のメンバーの表情は厳しい。再度の改善依頼を出された。しかし,その翌週も状況は変わらなかった。X社側のしらけた雰囲気を察したB君はAさんの上司に相談した。上司を交えて話し合ってみるとAさんはX社の指摘を無視しているわけではなかった。話を取り違えているのである。B君「あれは○○ってことですよね?」。Aさん「えっ,それは△△だろ。だから俺はこう改善したつもりだ」といったことが噴出した。上司は赤字覚悟でAさんと同格のコンサルタントCさんを追加でアサインすることを決断せざるを得なかった。

 年長者にはかわいがられたアバウトさが若者には受けなかったことも大きな理由だが,それ以上に人の話をきちんと聞けないことに問題があったのだ。慣れているX社の案件であり,さらに自分より10歳も若い世代相手ということで,自分の考えが正しく,若い連中に教えてやるという態度があったのだろう。顧客の意見や要望に真摯に耳を傾けるという姿勢に欠けたのだ。

 コミュニケーションはまず「聞く」というインプットがあり,それが脳で処理され,「話す」というアウトプットになる。インプットを間違えれば正しいアウトプットは出るわけがない。読者も「聞く」ことの大切さを改めて考えてみてほしい。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長,NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SE を経て,ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画,96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング,RFP作成支援などを手掛ける。著書に「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)