奥野 克仁
NTTデータ経営研究所
内部統制担当シニアコンサルタント

 これまで医療分野ではシン・クライアントの利用が難しいと考えられてきた。電子カルテなど特殊なアプリケーションを使うことや複雑な運用形態,そして患者の生命を預かる基幹システムであることがその理由だ。特に,多くのシン・クライアント・システムは高解像度の医療画像の利用を想定しておらず,性能面で不十分だった。

 しかし,鳥取大学医学部附属病院はこの常識を覆した(図1)。同病院は2008年1月,1000端末を超える規模のシン・クライアント・システムを病院内に構築,運用を開始した。

図1●鳥取大学医学部附属病院のプロフィール
図1●鳥取大学医学部附属病院のプロフィール

端末コスト削減と情報漏えい対策

 シン・クライアントの導入を手がけたのは鳥取大学医学部附属病院医療情報部の桑田成規氏(医学博士)。桑田氏はここ数年,端末の増設に伴う保守費用の増加と,個人情報漏えい対策が大きな課題だと考えていた。

 これらの問題を解決するため,2008年の電子カルテシステムの刷新に合わせて,システムのシン・クライアント化を検討した。シン・クライアントであれば,端末の管理コストを低減させ,同時に情報漏えいのリスクを極小化できると考えたからだ(図2)。

図2●シン・クライアント導入の三つの効果
図2●シン・クライアント導入の三つの効果

 とはいえ,人命を預かるシステムで1000端末以上という大規模なシン・クライアントの導入事例は国内外にないことが分かった。そこで,様々なベンダーに協力を仰ぎ,実現可能性の検討や利用技術の選定を始めた。

 考えられる具体的な要件は次の通りだった。
(1)ネットワークに負荷をかけないこと
(2)DICOMビューアなどで電子カルテの高解像度画像を表示できること
(3)ICカード・リーダーやタブレットなど,多様な周辺機器が利用できること
(4)低コストであること

APIラッピング方式を採用

 様々な候補について検討した結果, SBC(server based computing)方式のシン・クライアント化であれば,これらの要件を満たせると考えた。同じシン・クライアントでもブレードPC方式仮想PC方式はアプリケーション利用の自由度は高いものの,1サーバーで1~数端末しか運営できない。SBC方式では,1サーバーで多数の端末の接続が可能になるので,サーバー台数を抑えられるため,コストも少なくて済む。

 ただ,SBC方式にも製品によって違いがある。端末とサーバー間の通信方式によってコストや性能が異なるため,この点も十分に検討を重ねた。その結果,SBC方式で一般的なスクリーン・スクレイピング方式よりも,「APIラッピング方式」が有利であると判断した。電子カルテでは,高解像度の医療画像を扱うので大量のデータ転送が発生する。圧縮するとはいえ大量のデータ送信を行うスクリーン・スクレイピング方式では,パフォーマンス面で問題が生じると思われた。

 一方,APIラッピング方式はサーバー上のアプリケーションのグラフィックスAPIの動作をクライアントへ送信し,クライアント側でそのAPIを使って実際の描画を行うものだ。スクリーン・スクレイピング方式に比べて,データ転送量を抑えられる。

 利用技術が決定し,開発に着手した電子カルテシステムのシン・クライアント化であるが,実際の導入に困難を伴った。

サーバーのスペックを手探りで決定

 例えば,電子カルテシステムや医療系アプリケーションをシン・クライアントのサーバーに集約して稼働させた前例がなかったため,安定稼動のためにはどの程度のサーバー環境を用意すべきか分からなかった。そこで,電子カルテシステムやDICOMビューア,心電図ビューアなどの主要アプリケーションを様々なパターンで何度も操作し,サーバーのCPU負荷とメモリー使用率を測定した。その測定結果から,サーバーのスペックや台数,サーバー1台当たりの同時接続数を決定した。

奥野 克仁(おくの・かつひと)
NTTデータ経営研究所
1993年,NTTデータ入社。97年より公共部門を中心に数多くの既存システムのシン・クライアント化に携わる。現在は内部統制やシステム最適化コンサルティング業務に従事。