拙宅を大災害が襲った。自宅マンションの上階で給水管のジョイントが外れ、そこから噴出した水が上階の床とわが家の天井を突き抜け、部屋に豪雨のごとく降り注いだのである。おかげで、部屋は床上浸水状態。下階まで被害が及ぶという大惨事であった。ホントに。

 そんなことで、リビングと寝室の天井、壁、床は総張替えという状況になった。いや、それより問題なのは、狭い家に詰め込まれた物品の被害である。衣類や敷物のように洗濯すれば済むものはいいけれど、そうでないものが実に多くある。アンティーク家具などは水濡れ部分が脱色して悲惨なことになり、大切にしていた稀少本を含む多くの書籍がワカメの束のようになってしまった。余計なことに、カビまで生えてきて。

 それもこれも、上階のリフォームを担当した会社が保険を使って補償してくれるという。値段があってないようなものをどのように補償してもらうのかというのは極めて難しい問題だと思うがそれはさておき、とりあえず困ったのは寝具。何しろ、ベッドは寝室天井から降り注いだ豪雨のためベチャベチャなのである。

ナゾを呼ぶ巨大文字のタグ

 その窮状をリフォーム会社に訴えたら、「とりあえず今日はこれでしのいでいただければ」と、掛け布団、敷布団、そして簡易マットレスを運び込んでくれた。やれやれと少し気持ちに余裕が出てきたら、さっそく頭をもたげるのはいつもの詮索癖である。間に合わせの寝具だから安いものなのだろうが、どんな素材なのだろうかと付属しているタグをチェックし始めた。

 マットレスは、素材メーカーとして知られている企業のもので、天然素材はないがまあこんなものだろう。で、掛け布団。何だかいっぱい荷札のようなタグがぶらさがっている。その一番上にあるものをみると、国内の有名寝具メーカーの製品であることを示すタグ。まんざら間に合わせの格安製品でもなさそうだ、感心感心、とか思いつつ次をめくって出てきたのは、赤の極太巨大活字が目にしみるタグだった。書かれているのは、3文字で「日本製」。隅の方にちっちゃく「日本製」と書かれているのはよく見るが、こんな巨大赤文字タグは見たこともない。なんじゃこれ、とついつい思索のスイッチが入ってしまうのであった。そんな呑気なことをしている場合ではないのであるが。

 で、デカ「日本製」の理由である。もちろん、それは「ほらほら日本製だよ、だから信頼できるよ」ということなのだろう。さらに勘ぐれば、ことさら信頼できることを強調したくなる分野の商品であるということか。そもそも寝具というのは、私には何とも分かりにくい商品である。すごく安いものから高いものまですごい種類があるが、その価格差がどう肉体や精神に影響するのかイマイチわからない。「羽毛」という素材に限ってみても、価格差は相当にある。本当にその価格差ほどのコスト差があるのか、高いものが本当に優れているのか、そのへんがよく分からない。

訪問販売で才能開花

 けれど、その手がかりとなりそうな話は以前に友人から聞いたことがある。勤勉なその友人の幼なじみに、まったく対照的な勉強嫌いの少年がいた。友人は受験勉強に励み名門と呼ばれる大学に進学し有名企業に就職したが、勉強する間を惜しんで遊び続けた幼なじみ氏は受験に失敗し、結局は進学をあきらめ地元の小さな会社に就職した。その二人が社会人になって再会したのだが、その時点で年収に何倍もの差がついていたのだという。

 「今苦労をしておけば後で必ずいいことがあるとか、別に本気で信じてたわけではないけど、ここまで差をつけられると考えちゃうよね。オレの人生、なんだったんだって」と、今でも勤勉であろう友人はグラスを傾けながら嘆いていた。才能を開花させ、友人より何倍も稼いでいる幼なじみ氏の勤め先というのが、寝具小売会社。訪問販売を担当する営業職で、給料は販売実績に連動する「歩合給」である。そこで好成績を収めてた幼なじみ氏は、2000万円に手がとどきそうな年収を得ていた。「コツさえ覚えれば、すぐに1000万円はもらえるようになるよ」ということらしく、友人は「そんな安月給の会社はやめてウチに来ない?」などと勧誘されたのだという。

 「ところで、どうしてそんなに給料がもらえるわけ?」と訊ねたところ、売値はすごく高いのだけど、原価率は相当に低いことが秘訣らしい。「縁日の屋台は原価率1割以下なんて言うらしいけど、それにも負けない勢い」なのだとか。単価が高くて利益率が高いから、訪問販売のような手間と費用のかかる手法を使っても十分に利益が確保できるのだ。

 会社はそれで儲け、社員も高給に満足し、買った人も喜んで愛用している。まあ、みんなハッピーなんだからいいんだろうが、傍観者としては何だかひっかかる。自分自身に当てはめてみれば、「原価が1万円もしないものを数十万円とかで売り付けられたらかなわんなぁ」と思う。そんな話を身近な人から聞いたりするものだから、まじめに寝具を作り商っておられる方が大多数であることを知りつつも「何と寝具というのは得体の知れない存在であることよ」と警戒感を再度強めたりするのである。

枕で売り上げ2億円

 そんな意識を持っている人が少なからずいるから、「これは真面目な商品です」とデカ表示で必死に訴えたくなるのだろうか。先日もこんな事件があった。某社がテレビショッピング番組などを通じて枕を販売したのだが、表示した成分が含まれていなかったのだという。その商品は「快眠☆夢枕」。排除命令を出した公正取引委員会によると、テレビ番組やウェブサイト上でこの枕に詰めた樹脂ビーズについて「竹炭とゲルマニウムのコーティングビーズで消臭効果も!」「遠赤外線も発生!」とうたい、枕カバーについても「竹繊維を練りこんだ抗菌仕様」と表示していた。ところが実際にはゲルマニウムはまったく含まれておらず、竹繊維も使われていなかったらしい。

 本当に竹炭やゲルマニウムをコーティングし竹繊維を練りこめば「消臭もするし遠赤外線は出るし抗菌作用はあるしでもう大変」という状況になるのかどうかよくわからないが、そもそもそれらが何も入ってなかったという。それじゃあ、激安ショップで売ってる安物マクラと同じじゃないか。

 それが、枕、カバー、足枕のセットとして6980円で販売されていた。驚いたのは、それを約1年間扱い、約2万8600セット、約1億8900万円を売り上げたということだ。枕の1品種だけで年間売り上げ約2億円。これはすごい。そして、さらに驚いたのは、報道によればこの商品に関して購入者からのクレームがほとんどなかったということである。

 同様に、忘れがたい事件はほかにも色々ある。例えば、容器に「銀イオンで除菌」などの記載があったトイレ用芳香洗浄剤。やはり、表示しているような効果が認められないため、景品表示法に違反するとして公取委から排除命令を受けた。トイレの給水タンク上に置くと、水を流す際に薬剤が溶け出し、便器を洗浄するタイプの商品なのだが、その際、薬剤に含まれる銀イオンが便器表面のカビや雑菌を除き、増殖を抑制するかのような効能書きがあった。しかし、銀イオンの量が少なすぎ、とても効果が出るレベルにはなかったらしい。それでも一応、銀イオンは入っていたからまだいいけど。

「それでも好評だった」

 もうここまできたら笑うしかないという実に印象的な事件もある。「超音波で蚊を寄せ付けない」とうたった携帯「蚊よけ器」が、実際には全く効果がなく、やはり公取委から排除命令を受けてしまったという事例だ。何とこの蚊よけ器からは、そもそも超音波が出てもいなかったらしい。

 問題となったのは「超音波蚊よけ器」など2商品。商品の包装紙には「超音波で蚊をシャットアウト」「蚊が逃げる!」「血を吸うメスの蚊がきらう周波数の音波を発生し、寄せ付けません」との表記があった。中国に生産委託・輸入したメーカーが販売したもので、1998年からドラッグストアなどを通じ1個500円前後で約100万個販売、4億円以上を売り上げていた。しかし、公取委から依頼を受けた調査研究機関が調べたところ、鳥を入れたカゴに50匹の蚊を放って効果を調べてみたが、およそ90%の蚊が鳥の血を吸い蚊が逃げる様子もないなど、まったく蚊よけの効果がないことがわかった。一応音波は発していたが、普通のピーという音で超音波ではなかったと当時の記事は伝えている。

 そして、商品のお粗末さよりもっと驚くのは、こうした事件の際にいつも「好評で顧客からのクレームはなかった」と証言されていることである。「鰯の頭も信心から」などということわざがあるけれど、それなりにお金を払い信じて使うと、何やら効果を感じてしまうということなのだろうか。