ネット上に散らばっている情報や,アプリケーション,コンピュータ・リソースを手軽に利用できるようにする「クラウド・コンピューティング」は,ひとまずコンシューマ分野で成功を収めた。このうねりはエンタープライズ分野にも広がっていくと予測されている。

 米国の調査会社Gartnerが先ごろ発表したレポートが大きな話題になっている。同社の分析によれば,世界における企業のIT投資額は今後,世界経済の成長速度よりも速いペースで増えていくという。IT市場は今後も好調に成長し続ける。米国に端を発した景気減速は世界全体のIT市場の低迷にはつながらず,2008年の市場規模は前年比8%増の3兆4000億ドル超になると分析している。

 この調査が議論を呼んだのは,同社アナリストのJim Tully氏が次のように述べたからだ。「企業は今後自社で持つハードウエア/ソフトウエア資産を減らしていき,使用量に応じて料金を支払うクラウド・サービスへと移行していく。企業のクラウドへの移行は着実に進行していく。これがIT業界に大きな変化をもたらす」――。

 IT業界の中で活況を呈す分野が入れ替わり,業界の構図が変わるというのだ。確かにここ最近のメジャー・プレーヤを見ていると,その兆候とも言える動きがある。例えば,米IBMは8月1日にノースカロライナに3億6000万ドルをかけて最先端のデータセンターを建設すると発表した。米Hewlett-Packard(HP),米Intel,米Yahoo!の3社はこの7月末に,クラウド・コンピューティングに関する共同研究の取り組みを発表した。ソフトウエア,データセンター管理,ハードウエアの課題について研究を進めていき,クラウド向けアプリケーション/サービスの開発にも積極的に取り組むという。

 米Microsoftも動き出している。同社の場合,その手法はSaaS(Software as a Service)ならぬ「S+S(Software Plus Services)」だ。従来のデスクトップ・ソフトと,ネット経由で提供するソフト(サービス)を組み合わせて顧客に提供するほか,そのいずれかを選択できるようにするアプローチ。来るべき本格的なクラウド・サービスの時代に備えデータセンターの建設も進めている。

「Google Apps」を1万人の社員に

 企業がクラウド・サービスに移行するとは具体的にどういうことなのだろうか。BusinessWeek誌に興味深い事例が掲載されていた。米国の大手EMS(電子機器製造受託サービス)のSanmina-SCIが,Googleのプロダクティビティ/コミュニケーション・サービス「Google Apps」を導入したという。導入から半年経ち,約1000人の従業員が同サービスの電子メール/書類作成/カレンダを使って業務を行っている。

 同社は世界20カ国以上に拠点を持ち,4万人以上の従業員を抱える企業。Sanmina-SCIのCIO(最高情報責任者)によれば,同社には現在,Google Appsに本格的に移行するプロジェクト・チームがあり,Google Appsの導入を全世界に広げる計画という。3年後に,全社員の4分の1に当たる1万人の利用者を目指してプロジェクトを進めている。Google Appsは,MicrosoftのOfficeに比べ機能は少ないが,世界中に散らばっている従業員のコラボレーションを促進できる効果がある。そのメリットで機能の不足分を補えるという。クラウド・コンピューティングには安定性などの点でまだまだ問題はあるものの,同社はその将来を見据え,非常に効果的と判断したという。さらに同社は,こうしたアプリケーションを人事などほかの部門にまで広げたいと考えており,米Amazon.comのサービスの導入も視野に入れ検討を始めているという。