エノテック・コンサルティングCEO
米AZCAマネージング・ディレクタ
海部 美知 エノテック・コンサルティングCEO
米AZCAマネージング・ディレクタ
海部 美知

 米国では,8年に及んだブッシュ政権がもうすぐ終わる。政権が成立した2001年の前後から,米国の通信政策は大きく変化した。新政権への移行を前に,これまでの米国の通信規制を振り返ってみよう。

失敗だった96年通信法

 米国では,1996年にいわゆる「96年通信法」が施行された。長距離電話の競争は十分進んだので,次はローカル網に競争を導入するため,ベル系などの既存電話会社に「ローカル回線の卸売り」を義務付け,回線再販による新規参入を促そうというものだった。ちょうどインターネットの急成長期で,DSL回線の販促が期待された。

 しかし,そのもくろみは外れた。ローカル回線の再販は十分なマージンがなく,新規参入事業者は利益を上げられずに総崩れとなった。一方,1998年を境に,音声通話のトラフィックは雪崩を打って携帯電話に移行。旧来のドル箱がなくなる一方で新サービスは伸びず,さらに2000年にITバブルが崩壊して幹線網の価格破壊が起こった。

「少数大手の競争」への転換

 米国連邦通信委員会(FCC)は,時の政権党が委員の過半数を握るのが通例だ。2001年の政権交代で,主導権はそれまでの民主党から共和党に変わった。バブル崩壊後に「競争促進」党から「大企業優先」党への移行は,後々良い結果をもたらすことになった。

 この当時,幹線系新興通信事業者が次々倒産し,回線やデータ・センターが叩き売りされていた。一方で,日本や欧州ではブロードバンド普及政策が成功して,米国との差が開いていった。

 そこで,FCCは大手通信事業者保護政策に転換。従来なら考えられなかった「SBCコミュニケーションズとAT&Tの合併」などのような大型の企業統合を許容し,映像配信事業への進出を後押しした。

回線供給の成功と新サービスの潮流

 一連の政策には,「破綻事業者の救済」という目的のほかに,価格破壊を食い止めることで設備供給者にインセンティブを与え,供給を増やすという目的もあった。

 通信回線の世界でも需要と供給で価格が決まる。回線設備の供給量が増えなければ,サービス全体の価格は下がらない。しかし,ローカル固定回線の設備は,幹線系や携帯よりも投資回収に時間がかかるため,資金力の大きな事業者でも安定して収入が上がる見込みがなければ投資しない。そこで,長期収益を保証して回線の供給増加を促すため,FCCはそれまでの常識であった規制緩和ではなく,あえて「競争」を緩和したのである。

 この政策は功を奏して,2005年にはDSLレベルのブロードバンドの家庭普及率が50%を超えた。YouTubeもiTunesの映像配信サービスも,同じ2005年に始まっている。「Web2.0」と呼ばれた新しいネットの潮流は,こうしたブロードバンド普及政策も引き金の一つであった。

 さて,新しい政権はどのような政策を打ち出すのだろうか。

海部美知(かいふ・みち)
エノテック・コンサルティングCEO,米AZCAマネージング・ディレクタ
 NTTと米国の携帯電話ベンチャーを経て,1998年から通信・IT分野の経営コンサルティングに携わる。シリコンバレー在住。
 今年前半,書籍執筆のおかげでものすごく多忙だったのだが,ようやく平常ペースに戻った。夏休みには家族で近くの海辺にキャンプにも行った。青い空が映える波が岩に砕け,砂浜と草原が見渡す限り続き,白い灯台が遠くに見える。こんな美しい北カリフォルニアの自然をもっと楽しみたいものだ,とつくづく思っている。