TBSラジオ&コミュニケーションズと文化放送,ニッポン放送の在京AMラジオ放送3社は2008年9月29日に,地上デジタルラジオの実用化試験放送において,自社のAMラジオのサイマル放送を始めた。今回は各社の狙いや,東京地区で実際に放送を受信して気付いた点などをまとめた。


DRPのブースに弱電界のギャップフィラーを設置,AM放送3社のサイマル放送の体験デモ
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9月30日から幕張メッセで行われた「CEATEC JAPAN 2008」では,DRPのブースに弱電界のギャップフィラーが設置され,AM放送3社のサイマル放送を体験できるデモが行われた
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 デジタルラジオ推進協会(DRP)が免許主体となっている地上デジタルラジオ放送は主に,移動体(車両など高速で移動するもの)向けに簡易動画や音楽,地図・写真などの各種データを高速で届けることを想定していた。そのため,地上デジタルテレビ放送の約3分の1に当たる「3セグメント」あまりの伝送帯域を使うサービスモデルもあった。特に,3セグメントを使って簡易動画などを提供していたエフエム東京(FM東京)は,サービスの高度化には有料のサービスモデルが不可欠として,2008年春に番組の提供を休止した。その結果,試聴者にとっては地上デジタルラジオ放送ならではの番組のイメージが抱けず,インターネットラジオとの差異化などが急務の課題となってきた。

 TBSラジオなどの3社がサイマル放送を始めたのも,広告分野でインターネットが台頭する世界に危機感を持っているからである(写真1)。実用化試験放送というプラットフォームであっても,既存番組の著作権処理や送信設備の改修コストを負担して,ラジオ放送のデジタル化を志向したものといえよう。2011年7月以降には,地上アナログ放送の跡地であるVHF帯のローバンドを使って,地上デジタルラジオの本放送が開始されることが決まりつつある。残された3年弱の期間で,AM放送事業者がそのブランドをいち早くデジタルメデイアとして認知させられるかが課題となってきた。やはり,「ラジオは無料メディア」という考え方は,次世代でも続くという印象を持った。


10チャンネル体制でAM放送3社の番組が聞けるようになった

文化放送は第302チャンネル「超!A&G+」で簡易動画を用いた番組を開始
写真2
10月6日に文化放送は第302チャンネル「超!A&G+」において,簡易動画を用いた番組を開始する。AM放送のサイマル番組は,第303チャンネル「文化放送プラス」で行われている
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 首都圏における地上デジタルラジオ放送は,環状8号線から国道16号線あたりが受信(復調)の限界点といわれている。しかし、現在の実用化試験放送波の実効輻射電力は,決して大きなものではない。VHF帯域では第6チャンネルのTBS,第8チャンネルのフジテレビジョンのアナログテレビ放送波が大出力で発射されている。そのため受信可能地域でもスプリアス波によって,電界強度が得られていても地上デジタルラジオ放送波が復調しないといった現象が散見される。

 筆者は東京都練馬区の富士見台付近において,地上高5mの戸建て住宅の室内で受信実験を行った。受信機はソニーエリクソン製の「W44S」(au携帯電話機)である。今までは南側にある窓のカーテンレール上に受信機本体を置けば受信できていたが,今回の実験では雨という天気が災いしたのか,NHKの放送が途切れがちだった。そこで,付属アンテナに針金を巻き付けてループ上に曲げて再度,放送波のスキャンを行うと,10チャンネルの放送が受信できた。

 音質についてはCD並みとされているが,TBSラジオと文化放送,ニッポン放送に限れば,元の番組素材が10kHzから15kHz帯域まででマスターから送り出されていると推察されるため,FM放送を聞いている感じだった。総じてAM放送とは思えない良い音質であり,携帯電話機で聞くラジオ放送とは思えない質感は,FM放送の音に慣れている若者などの新しいファンをつかむ予感がある。

 文化放送は,簡易動画を用いたアニメ系などの番組の放送も,新たに開始する(写真2)。こうした地道な努力が,改めて放送事業者に求められている。ちなみに西武線・富士見台駅のホームでは,本体の付属アンテナを伸ばせば各社の放送を受信できた。しかし、ニッポン放送が提供する第501チャンネルと第502チャンネルでは,音がブツブツと途切れがちであったことを付け加えておきたい。「この2チャンネルは,VHF帯のテレビ放送波の隣接干渉を受けやすいセグメントに位置するのではないだろうか」という解説を,業界関係者から受けた。


佐藤 和俊(さとう かずとし)
放送アナリスト
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。