「意地と夢を追求している多くのメンバーを紹介いたします。9月22日の発表会に必ず必ず出席下さい」。旧知の情報システム担当者から,こんな趣旨の電子メールが送られてきた。2008年の今,情報システムの世界において「意地と夢」という言葉を使うとは,相当な意気込みと言える。それについて書いた事は一度も無いが,こちらにもIT(情報技術)担当記者の意地と夢がある。何としても出席しようと決め,予定をやりくりし,22日の朝から発表会に出席した。

 電子メールを送ってきたのは日本GUIDE/SHARE委員会(JGS)の松本務委員長,発表会の名称は「JGS研究発表2008」であった。JGSは全国IBMユーザー研究会連合会の中にある組織で毎年,およそ300人が約40の研究プロジェクトチームを作って研究し,成果を論文として発表する活動を続けている。参加メンバーの大半は,IBM製マシンを使っているユーザー企業の情報システム担当者ならびにシステム子会社の社員である。その年の研究テーマが事前に発表されるので,各社のシステム担当者は希望する研究テーマを選び,チームを結成する。異業種のシステム担当者と交流でき,プロジェクトチーム活動を経験できる利点があるという。

 研究プロジェクトチーム活動は昔から行われていたが,松本氏がJGS委員長に就任して以降,見違えるほど活動が盛んになったという話を耳にしていた。松本氏が送ってきたメールには,「日本のIT技術者の意地と夢を追求しまして,日本企業の活躍にITの視点を持っていかに参画すべきか,技術者の育成と技術伝承をいかに行うか,といったテーマに取り組んでおります」とあった。

 その松本氏との付き合いは,筆者が17年前,IBMとIBMユーザーのことをひたすら調べる部署(今は無き日経IBMウォッチャー編集部)に異動になった頃からなので,かなり長い。当時,松本氏は三井信託銀行のシステム企画部におられたと記憶する。技術に詳しく,しかも新プロジェクトの企画を行内で通す力があった。松本氏は現在,中央三井トラスト・グループのシステム会社,中央三井インフォメーションテクノロジーにおられるが,ここしばらくお目にかかっていなかった。

情報システム部門の若年層を鍛える方法

 JGSの研究プロジェクトチームに参加したシステム担当者は,松本委員長が宣言した通りに,夢と意地を見せてくれるのだろうか。22日には38チームが発表し,各チームのテーマは,情報システム部門のマネジメント,システム開発・運用技術,製品関連,と様々だった。38件すべてを聞くことは不可能なので,「人」に関する研究を選び,聴講した。

 最初に聞いたのは,『情報システム部門の役割と保持すべきスキル~上流工程を担う人財育成ビジネスモデルの提案』の発表であった。このテーマに関心を抱いて集まったメンバー6人はいずれも中堅であり,当初の議論の結果,「若年層への憂慮」が共通の認識であることが分かった。システム部門やシステム子会社の若年層は,プロジェクトの工数・時間・費用を見積もれず,ベンダー企業を指導・説得できない。そして将来像が描けていない,という。

 説明を聞き,「若手記者の企画力,取材力,執筆力に課題があるが対策が講じられていない。将来像も描けていない」と思ったりしたが,その懸念を頭の中から追い出し,「上流工程を担う人財育成ビジネスモデルの提案」に耳を傾けた。骨子を箇条書きにしてみる。

  • 情報システム部門が保持すべきは,情報システム戦略実行マネジメントや情報システム企画といった,いわゆる上流工程のスキルである。
  • こうしたスキルの前提となるのは,システムの開発や運用といった下流工程のスキルであるが,アウトソーシングが進んだ結果,若年層にシステムの開発や運用現場を体験させる場所が情報システム部門の中にない。
  • 対策として,情報システム部門の若年層を一定期間(3年前後),ITベンダーに送り込み,有償でトレーニングしてもらう。ベンダーは,システム部門の若手を育成する新ビジネスを創出できる。

 なかなか思い切ったアイデアである。10年ほど前,大手ITベンダーの敏腕プロジェクトマネジャと雑談しているうちに,「日経コンピュータ編集部の若手記者を数カ月間,ベンダーの実プロジェクトに送り込んで経験させる」話になった事を思い出した。記者は所詮「門前の小僧」なのだが,寺の中に送り込めばもっと上手に御経を唱えられると考えたわけだ。適当な規模でしかも記者を受け入れてくれるプロジェクトが見つからなかったため,残念ながら,この構想は幻に終わった。

 発表を聞いていた他のJGSメンバーから「ベンダーにいいように使われないか」「ベンダーに送り込まれた若手のモチベーションを維持できるのか」といった質問が出た。研究チームの回答は,「身につけるスキルの目標やチェックポイントを明確にしてベンダーにビジネスとして発注する」「入社1,2年目はシステム部門で仕事をさせ,一通りの仕事を理解してもらう。その上で,将来のためにベンダーでこういうスキルを身につけてきてほしい,と目的を明確にしてから送り出す」というものであった。

 問題があるとすれば「ベンダーに送り込んで有償で鍛えてもらう」ことの承認をどう取り付けるか,ではなかろうか。システム部長やシステム子会社社長が認めたとしても,「ベンダーに3年も社員を預かってもらい,しかも対価を払う」という施策に疑問を呈する人事部門や経営層が出てきそうだ。情報システム部門の実態をよく知らない人たちに,中堅システム担当者の問題意識を理解してもらう必要があるが,実はこれが一番難しい。