中南米の携帯電話市場はプリペイド方式が主流で,人口普及率が新興市場の中では相対的に高いというという特徴がある。加入者のARPU(加入者一人当たりの月間売上高)が総じて低いため,事業者は第3世代携帯電話(3G)への移行を進めている。ただし,安い携帯電話料金に慣れたユーザーを3G利用に導くには,コンテンツなど従来とは異なるサービスの展開が必要になるだろう。
(日経コミュニケーション編集部)
中南米の携帯市場では,この1年ほど(2008年5月末時点)で14カ国,25の事業者が相次いでW-CDMA/HSDPA(high speed downlink packet access)サービスの提供を開始し,さながら3G導入ラッシュの様相を呈している(注1,図1)。同地域は2007年末で世界の携帯加入数の約11.5%を抱えるエリアであり,この数年間世界の平均成長率を大きく上回るペースで市場を伸ばしている新興市場の一つである(図2)。
(注1)中南米では数年前から,CDMA2000 1x EV-DOの導入が進んでいたが,ブラジル首位の通信事業者ヴィーボ(Vivo)をはじめとする各事業者は,CDMAからGSM網へのシフトを進めている。既に2007年をピークに同地域のCDMAの加入数は減少に転じている。

中南米の携帯市場はほかの新興市場と比べて,いくつかの際立った特色を有している。意外に知られていないのは,携帯電話の人口普及率が高いことだ。2007年時点で地域全体の60%以上に達しており,既に100%を超えているアルゼンチンを筆頭に,90%を超えている国々がいくつか存在する。
背景にあるのは,同地域では圧倒的にプリペイド方式が主流であること。平均でも加入者数全体の80%程度がプリペイド方式である。主要国の中でその比率が最も低いとされるチリでさえも,75%以上がプリペイドの加入者になっている。その結果,加入者のARPU(加入者一人当たりの月間売上高)は総じて低く,15米ドル前後というのが実態だ。携帯電話の利用用途は,ほとんどが音声中心となっている。
影響力が大きい2大通信事業者グループ
この数年間,中南米の携帯事業者の経営目標は,成長市場を前提に,加入者基盤の拡大に重きが置かれてきた。ところが各国で携帯普及率が高まるにつれ,事業者は加入層をローエンドへと広げざるを得なくなり,その結果ARPUが低下するといった現象に苦しんできた。
そのような状況を打開するため,事業者の経営の焦点が変わり始めている。一つは事業者がARPUが高いポストペイド・ユーザーの開拓に力を入れ始めていることである。同時に,既存の音声からデータ・サービスへと付加価値の高い提供メニューの浸透を図りたい,との思惑がある。その帰結として,このタイミングでの3G導入がトレンドとなっている。
設備・端末面で見ると,世界では非主流である850/1900MHz帯周波数向けの3G関連機器が米国で普及したことが大きい。この周波数帯でGSMを展開していた多くの中南米事業者にとっては,同じ周波数帯に3Gを導入しても,機器調達などでスケール・メリットが見込め,多様な端末を確保できるという下地が出来た。
実際,中南米地域の3Gはほとんどの国で,既存の周波数帯を活用し,米国と同じ850/1900MHz帯で導入が始まっている。さらに事業者間の激しい競争が3G普及を後押ししている側面も見逃せない。中南米では,同じ地域を主軸に複数の国々をまたいでサービスを提供する2大携帯事業者,テレフォニカとアメリカ・モビルの存在感が圧倒的に大きい(表1)。2社合計で,中南米市場全体の65%以上の加入数を有する状況となっている(図3)。
表1●中南米携帯市場をめぐる2強(テレフォニカ,アメリカ・モビル)の競争状況 | |||||||||||||||||||||||||
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[出典]各種報道発表資料などにより情総研が作成。売上高には固定・ブロードバンド・放送事業などを含む。為替レートは7/28時点で換算。 |
世界的に見ても,テレフォニカとアメリカ・モビルの影響力は大きい。2007年末の加入者規模では両社ともに世界のトップ5(出資比率に応じた換算値ベース)に名を連ねるグローバル・キャリアだ。先進性をアピールし,差異化を通じて加入者と新たな収入源獲得につなげたい両社は,ライバルに先んじて3G導入を進めようとの意向が強い。これが中南米全体での3G普及を急速に早めている,といっても良いだろう。