国に先駆けて排出量取引の導入を決めた東京都。首都圏の自治体は追随するかに見えたが、足並みはそろっていない。排出量取引は、ディーゼル排ガス規制のように、すぐさま導入できるものではないようだ。

 石原慎太郎都知事はかねてから、「東京都が排出量取引を始めれば、神奈川・千葉・埼玉など首都圏の自治体は付いてくる」と豪語してきた。この発言は、石原知事の強力なリーダーシップで広がったディーゼル排ガス規制をなぞらえているが、今回ばかりはそうもいかないようだ。

 東京都は 6月25日、温暖化対策を大幅に強化した条例改正案を都議会で可決。2010年に排出量取引制度を導入する方針が固まったことで、産業界に激震が走った。しかも、その方式は、国が導入に二の足を踏んでいる「キャップ・アンド・トレード(C&T)」方式だ。C&Tは、企業にキャップ(排出枠の上限)を割り振るため、産業界には依然として根強い反発がある。

 東京都の動きを受けて、近隣自治体の方向性も徐々に明らかになってきた。神奈川県環境農政部の伊藤靖志・地球温暖化対策担当課長は、「東京都の環境条例の内容は厚みがあり高く評価しているし、大半の内容を参考にする」と説明する。だが、「排出量取引の導入は未定で、削減目標を達成できなかった場合の罰則規定については設定を見送る方針」(伊藤担当課長)だという。

 東京都の温暖化対策強化の総論は賛成だが、各論には慎重というのが、近隣自治体の現状だ。

工場が逃げる施策は打てない

 工場のCO2排出は多いが、その誘致は自治体にとって至上命令。先進的な温暖化対策を打ちたい気持ちはあるが、工場が他県に逃げるような対策は採れないのが本音だ。

 電気自動車の導入など、環境対策に熱心なことで知られる神奈川県の松沢成文知事もC&T方式には後ろ向きだ。「本社機能の多い東京は排出量取引を導入しやすいだろう。だが、製造基地の多い神奈川、愛知、大阪での導入は企業に厳しい」という松沢知事の発言は、工場の多い自治体の立場を代表している。

 そんな中で、埼玉県は東京都に追随する動きを見せている。埼玉県環境部温暖化対策課の脇坂純一副課長は、「企業誘致の手を緩めるわけにはいかない」と前置きするものの、「CO2削減のためには排出量取引を導入したい」とする。

図●首都圏3自治体の温暖化対策の実施状況
図●首都圏3自治体の温暖化対策の実施状況

 神奈川県と埼玉県の対応の違いには、県内に抱えるCO2大量排出工場の業種の違いがありそうだ。埼玉県でCO2を大量に排出している事業所は、セメント工場が多くを占める。一方の神奈川県は、大規模な製鉄工場を抱えCO2の主要排出源だ。排出量取引制度を導入できるか否かは、排出量の多い県内の大企業を説得できるかどうかにかかっている。圧倒的な政治力を持つ製鉄会社を国に先駆けて説得するのは、至難の業だ。

 東京都のC&Tが本当に2010年に開始できるのか、国が実施する排出量取引との関連がどうなるのかなど、まだ不透明な部分は多い。だが、環境規制に関しては自治体が国をリードすることは国内外で珍しくない。東京都が何らかの実績を上げれば、雪崩を打って他の自治体に広がる可能性も秘めている。