前回は,神戸市内の学校の卒業生や在校生の情報が,ファイル交換ソフト「Winny」を介してインターネット上に流出した事例を取り上げた。その後の新聞報道によると,2008年9月12日,神戸市教育委員会は,臨時講師を減給10分の1,1カ月の懲戒処分にしたことを公表している。この臨時講師は同日付で依願退職したというが,個人情報保護対策は,個人の責に帰するものではなく,組織全体に関わる問題である点を忘れてはならない。

 今回は,教育と家庭の情報化の観点から,教育分野の個人情報保護対策について考えてみたい。

難しくなった「教員に一人一台のコンピュータ」の国家目標達成

 政府は,2006年1月に発表した「IT新改革戦略」において,2010年度を目標年度として全ての公立小中高等学校等の教員にコンピュータを一人一台ずつ配備し,学校と家庭や教育委員会との情報交換など様々な校務のIT化を積極的に推進する旨の整備方針を決定した。さらに,2008年8月20日に発表した「重点計画-2008」では,「2010年度までに,概ね全ての小中学校等が,光ファイバ等による超高速インターネットに常時接続できるようにするとともに,校内LANの整備等を行うことにより,全ての教室がインターネットに接続できるようにする」,「2010年度までに,普通教室等へのコンピュータの整備を行うことにより,教育用PC1台あたり児童・生徒3.6人の割合を達成するとともに,プロジェクタ等の周辺機器の整備を促進する」といった具体的施策を打ち出している。

 2008年8月6日には,文部科学省が平成19年度の学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(速報値)を発表した(「学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果【速報値】について」参照)。第94回で取り上げた平成18年度調査結果と比較すると,平成19年度(2008年3月時点)で,学校内にLANを整備している全国の公立小中高校の割合は62.5%(前年度56.2%),パソコン1台当たりの児童・生徒数は7.0人(同7.3人),教員1人へのパソコン配備率は57.8%(同43.0%)となっている。

 本来,教育の情報化は,人口減少と高齢社会の日本が引き続き繁栄するための投資であるはずだ。だが,これらの数値を見る限り,当初の「IT新改革戦略」目標達成には程遠い状況が続いている。

広がる家庭と教育現場の情報格差

 他方,家庭の情報化について見ると,政府は,前述の「IT新改革戦略」において,2010年度を目標年度としてブロードバンド・ゼロ地域を解消する旨の整備方針を決定した。これを受けた総務省は「次世代ブロードバンド戦略2010」において,超高速ブロードバンド(FTTHサービス)の世帯カバー率を90%以上とする整備目標を設定している(「「次世代ブロードバンド戦略2010」の公表及び意見募集の結果」参照)。

 総務省が2008年6月24日に発表した「デジタル・ディバイド解消戦略会議」報告書の参考資料によると,2008年3月末時点で,日本のブロードバンド世帯カバー率は98.3%(前年度95.2%),超高速ブロードバンド(FTTH)世帯カバー率は86.5%(同83.5%)となっている(「「デジタル・ディバイド解消戦略会議」報告書の公表」参照)。情報化では,教育現場よりも家庭の方が堅調に推移しているようである。

 ただし,家庭の情報化で先行する地域が,教育の情報化も進んでいるとは限らない。例えば,大阪府の場合,2008年3月末時点でのブロードバンド世帯カバー率,FTTH世帯カバー率とも99.9%で,全都道府県中トップクラスを占めているが,校内LAN整備率は全都道府県中45位(38.9%),パソコン1台当たりの児童・生徒数は少ない順から45位(8.8人),教員1人へのパソコン配備率は46位(35.6%)だ。教育の情報化が家庭の情報化に遅れをとった結果,学校内よりも教員や児童・生徒の家庭の方が,より高度なICT(情報通信技術)環境を有するに至っている。大阪府といえば,低迷する全国学力テスト結果の情報開示で論議を呼んでいるが,教育の情報化でも,全国平均を下回っている。このような厳しい状況を打破するためには,児童・生徒の情報活用能力を向上させる,独創的なICT利活用のアイデアが必要である。

 児童・生徒の個人情報利用に際して求められるのは,「やらされ感」のある個人情報保護対策ではなく,教育現場での自由な発想の醸成を支援する「攻め」の対策だ。例えば,個人情報の外部持ち出しを原則禁止としている教育機関は多いが,ワークスタイルの効率化を考えたら,セキュアなネットワーク環境を前提に在宅業務を認めるぐらいの発想の転換があってもいい。

 次回は,学校に通う子どもの「安全・安心」の観点から,個人情報保護について考えてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/