長いこと期待されながら,なかなか広がらなかったMVNO市場に追い風が吹いている。2008年7月,NTTドコモと日本通信が相互接続を完了させたことが契機となり,多くのMVNOによる新しいタイプのサービスや多種多様な端末が一気に登場する環境が整った。

 これまでは携帯電話網を活用して,プライベート・アドレスを割り当てた端末から社内ネットワークにリモート接続したり,商品の稼働状況や位置情報を遠隔監視したりするのは難しかった。しかし,既存の事業者と相互接続したMVNOなら,それができる。こうした動きと並行し,携帯電話の通信機能を内蔵したノート・パソコンやスマートフォン,電子書籍,監視カメラなどが続々と海外から上陸,MVNOによる新サービスの浸透を後押しする。

「相互接続」で初めて主導権を握れる

 携帯電話を活用したMVNOは2007年末から徐々に増えている。NECビッグローブやニフティ,インターネットイニシアティブ(IIJ),アッカ・ネットワークスなどが,イー・モバイルやNTTドコモの設備を借りてHSDPA(high speed downlink packet access)のデータ通信サービスを展開している。だが,これらは事業者とMVNOの相対契約である「」によるもの。卸契約は,文字通り事業者の端末やサービスを安価に仕入れて,利益を上乗せして売る形態である。端末調達や料金設定などの面で事業者の制約を受けるため, MVNOのサービスは既存事業者のものと似通ってしまう。

 事業者とMVNOの契約形態には卸契約のほか,互いの網を接続する「相互接続」がある。相互接続は,総務省が2007年2月に実施したMVNO事業化ガイドラインの改定で新たに定義した契約形態。MVNOがサービス開発に当たって主導権を握れる点が特徴で,自由に端末を調達したり料金を設定したりできる。ガイドラインの改定から約1年半の歳月を経て,日本通信が初めて実現した。

 同社はMVNO事業化ガイドラインにある「電気通信事業法や電波法で定める技術基準を満たしていれば端末を自ら調達できる」とする規定を活用し,端末を海外メーカーから独自調達した。今後はスマートフォンや携帯電話,電子書籍などの端末を海外メーカーから幅広く調達,投入していく予定だ。NTTドコモのMVNOで端末を独自調達したのは同社が初めてだが,この前例に倣って追随する事業者が現れるだろう。

 さらに日本通信は「販売代理店と協力して海外の端末メーカーの参入を促すことを検討している」(CMO兼CFOの福田尚久常務取締役)。具体的には,海外メーカーの端末と日本通信の回線の組み合わせをSIMロックをかけずに販売する。「海外の端末メーカーはこれまで,日本市場に参入したくてもSIMロックが障壁となってなかなか参入できなかった。今回の取り組みで鎖国状態だった日本の開国が進む。特にAndroid端末が起爆剤となって新しい端末が一気に上陸するだろう」(同)。

既存MVNOが異業種の参入をさらに促進

 現状では新規MVNOの大半がインターネット接続事業者だが,異業種のプレーヤによる参入の道筋も見え始めた。モバイル市場の活性化という観点では,従来とは異なるブランドや製品,あるいは価値観を持った異業種プレーヤの参入が不可欠になる。こうした異業種プレーヤにとっての課題は,通信事業を営むためのノウハウが欠けることである。

 そこで既存のMVNOが自らの経験を生かし,MVNO参入を支援するMVNEとしてノウハウを提供し始めた。例えばIIJは「法人向けサービスを中心にパートナ契約を結んでいる企業が20社以上あり,中には独自ブランドでサービスを展開しているケースもある」(営業本部の丸山孝一副本部長)という。日本通信も「(NTTドコモとの相互接続が完了する前から)回線を借りたいという要望を7~8社から受けている」(福田常務取締役)とする。ほかにも「10社程度のMVNOと交渉中」(MVNE事業を展開するインフォニックスの藤田聡敏常務取締役)など,水面下で参入に向けた動きが進行している。

 異業種のプレーヤにとってMVNEの存在価値は大きい。通信事業のノウハウ不足を補えるだけでなく,事業者との交渉をMVNEに任せられるからである。「通信事業者と取引関係のある企業がMVNOに参入するとなれば,事業者との間に波風が立つ」(日本通信の福田常務取締役)。既存のMVNOから回線を調達すれば,事業者との摩擦を回避できる。

 実際,ある携帯電話の販売代理店は「端末や回線の販売だけでは事業が成り立たなくなっているのでMVNO参入を検討しているが,通信事業者との取引上,表立ってはとても言えない」と打ち明ける。

2.5GHz帯ではMVNOが当たり前に

 MVNOの参入は今後ますます加速する。総務省がMVNOの促進策を数年前から仕込んでおり,それが結実しつつあるからだ(図1)。中でも大きな成果が見込めるのが,総務省が「MVNOへの無線設備の開放」を免許条件に掲げた2.5GHz帯無線ブロードバンドである。

図1●「相互接続」の開始でMVNO市場が本格化<br>MVNOは停滞期から拡大期へ移る。2008年7月に実現した日本通信とNTTドコモのレイヤー3接続が転機となった。
図1●「相互接続」の開始でMVNO市場が本格化
MVNOは停滞期から拡大期へ移る。2008年7月に実現した日本通信とNTTドコモのレイヤー3接続が転機となった。
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 UQコミュニケーションズの田中孝司社長は「MVNOを収益源とする水平分業モデルに専念する。黒子に徹して日本中でモバイルWiMAXを利用できる環境の整備に注力する」と宣言した。7月15日時点で57社のMVNOと協議を進めている。ウィルコムの次世代PHSも含め,2.5GHz帯無線ブロードバンドではMVNOによるサービス提供が当たり前になる。