IT業界において常態化している理不尽な行いを,弱者の視点で書いていく。今回のテーマは「不当な値下げ要求」である。

 システム構築プロジェクトにおいて,値下げを強要されるケースは少なくない。ITエンジニアの人月単価の引き下げや,発注金額全体の値下げといったケースが特に多い。

 ソフトハウスを経営し,自身もSEとして働く鈴木邦夫さん(仮名)には,忘れたくても忘れられないプロジェクトがある。そのシステム構築プロジェクトでは,こんなことがあった。元請け会社のプロジェクト・マネージャ(PM)と話し合う際,体は正面に向けているものの,お互い首を横に向けて話した。顔を合わせるだけで気分が悪くなる思いだったからだ。

 この元請け会社というのは,大手金融機関のシステム子会社である。親会社のシステムだけでなく,新たな顧客の開拓に力を入れる方針だったのか,そのシステム子会社は大きな案件のコンペに参加することになった。それは設備管理システムで,案件額が10億円を超える大プロジェクトだった。しかし,金融機関の子会社に設備管理の専門知識は無く,その分野の経験が豊富な鈴木さんの会社に声がかかった。鈴木さんの尽力もあり,無事案件を獲得。システム開発に入った。

「食事とトイレの時間を引け」

 建前上は元請けのシステム子会社にPMがいたが,実質的には鈴木さんが全体を仕切り,鈴木さんの部下3人がプロジェクト・リーダー(PL)を務める形で運営していた。鈴木さんやPLは3カ月ごとに契約を更新し,報酬は毎月の固定額と,残業時間に応じた金額が支払われることになっていた。

 要件定義が順調に進んでいたプロジェクトの6カ月目,元請け会社のPMが突然代わった。以前のPMはシステム子会社のプロパー社員であったが,親会社の金融機関から出向してきた社員に代わった。

 ある日,鈴木さんは後任のPMに呼び出され,席に座るなりこう切り出された。「あ,鈴木さん。あんたら毎日残業代を3時間も付けているけど,これ1時間引いてもらえないかな。だって,夜にご飯食べたりトイレに行ったりしてるでしょ。その分は作業していないんだから,引いてもらわなきゃ」。あまりのことに鈴木さんは開いた口がふさがらなかった。どう考えても不当な要求であると判断し,頑として受け入れなかった。このやり取り以来,PMと鈴木さんの間には微妙な空気が流れることになった。

理由もなく20%カットを要求

 そのような経緯があったものの,プロジェクトは順調に進んでいた。鈴木さんは,発注元であるユーザー企業の担当者から直接問い合わせを受けることが多く,信頼されていると感じていた。だがこうしたことは,PMが不満を募らせる原因になったようだ。『俺がPMなのに,まるであいつがPMみたいじゃないか』という思いを抱いていたのだろう。PMは鈴木さんたちを狙い撃ちするようになる。

 鈴木さんは再びPMに呼び出された。そして「申し訳ないけど,単価を毎月20%下げさせてもらうから」と冷たく言われた。プロジェクトの推進に尽力し,作業の遅れもなく進めていた鈴木さんからすると,到底承服できるはずもなかった。

 こみ上げる怒りを抑えながら鈴木さんは,「理由もなく20%のカットをのめるわけがないでしょう。訴えますよ」と反論した。それに対してPMは,「全体的なコストカットで,皆さんに協力してもらっているんだ。しょうがないじゃないですか,のんでもらわなきゃ」と言い捨てた。

 実は,このPMの主張にはウソがあった。鈴木さんが経営するソフトハウス以外にも,何社か協力会社がプロジェクトに参加していた。これらの会社は,実質的に値下げを免れていた。単価は下げられていたものの,その分工数が増え,受取額がほぼ同じになるように調整されていた。

 ひょんなことから鈴木さんはこの事実を知った。すぐさまPMに,「何でウチだけが値下げをのまなきゃいけないんだ。他の協力会社のように工数を調整してくださいよ!」と詰め寄った。だがPMは,「そんなことはない」と,知らないフリ。

 その後の話し合いの場に,PMは会社の法務担当者を連れてきた。前回の話し合いの場で,鈴木さんが訴訟を匂わせたことの対抗措置であると思われた。その法務担当者の言葉はひどかった。「当社としては正しい商行為だと認識しています。訴えたいならどうぞお好きになさってください」。