システム構築プロジェクトには,さまざまな人々が関係している。主なところでは,ユーザー企業のシステム担当者や元請け/下請けのITエンジニアなどだ。そのほか,営業担当者や,それぞれの担当者の上司や部下がかかわってくることも多いだろう。

 こうした人たちが協力し合って,初めてプロジェクトは成立する。その人たちの間に役割分担や指示・報告するという関係はあっても,それ以上の力関係などはないはず。だが実際は,契約などを背景に「強者」と「弱者」が存在する。発注者に対して受注者は立場的に弱く,元請けに対して下請けは弱い。

 本誌をはじめとする多くのメディアでは,たいていの場合,立場的に強者への取材に基づいて報道する。強者から見て華やかな成功プロジェクトであっても,視点を弱者に移せば違ったものが見えるのではないだろうか。

 そこで,このシリーズでは弱者の視点にこだわる。ITエンジニア向けのWebサイト「ITpro」で実施したアンケート調査「IT業界の“イジメ”実態調査注1」などを通じて意見を募った。書き込んでいただいたコメントには,「発注側から不当な値下げ要求を突きつけられた」「上司から休みをもらえない」といったものがある。これらは,強者が自分の立場を不当に利用したケースだと言えるだろう。

 そうした経験をした弱者への取材を基に,弱者の視点で書いていく。ややもすれば一面的な見方になるかもしれないが,強者の視点からは見えてこないものが見えて来るはずだ。

 第1回の今回は,「タダ働き」をテーマに3人の方の経験を紹介する。

 最初に登場するのは,大手システム・インテグレータに勤める山下雅彦さん(仮名)。山下さんは,大手ユーザー企業A社のヘルプデスク作業の管理者に着任する。だが,その案件を引き受けて半年が経ったころ,会社に辞表を提出するほど精神的に追い込まれてしまった。

「何とかがんばってほしい」

 そもそもこのヘルプデスク案件は,山下さんの会社の営業担当者が取ってきたものだ。これまでA社との取引はなく,営業担当者としては,小さな案件でもいいので実績を作り,それを足場に大きな案件を獲得したいところである。

 そうした営業担当者の下心を,A社のシステム担当者も分かっていたのだろう。このヘルプデスク案件には裏があった。やらなければならない作業は,3人が常駐して行うヘルプデスク作業と,その管理作業。管理作業とは,「どの部署の誰からどのような問い合わせがあったのか」「その内容の詳細な分析」といった,結構手間のかかるものを求められていた。

 その案件の費用を確認したところ,『作業量に対して不当に安い』。山下さんは直感的にそう思った。人件費を基に計算すると,管理作業の分がそっくり足りない。これでは管理者としての山下さんは“タダ働き”になる。なぜこんな金額なのかと営業担当者に問いただしたところ,「確かに今の金額では厳しいことは分かっている。でも,A社に常駐する案件に入り込めたんだ。これをきっかけに今後,追加案件の獲得を狙う。追加案件を獲得できれば,ヘルプデスクの赤字は簡単に回収できるので,それまで何とかがんばってほしい」との返事だった。

 『引き受け手のない案件を押し付けられている』。山下さんはそう感じたが,次があるならと自分を納得させ,引き受けることにした。