村上氏写真

村上 智彦(むらかみ・ともひこ)

1961年、北海道歌登村(現・枝幸町)生まれ。金沢医科大学卒業後、自治医大に入局。2000年、旧・瀬棚町(北海道)の町立診療所の所長に就任。夕張市立総合病院の閉鎖に伴い、07年4月、医療法人財団「夕張希望の杜」を設立し理事長に就任同時に、財団が運営する夕張医療センターのセンター長に就任。専門分野は地域医療、予防医学、地域包括ケア、チーム医療。近著書に『村上スキーム』。

■8月1日

7月27日の日曜日、夕張市で「地域医療を守る地方議員連盟」の第2回勉強会が開催されました。

110名くらいの参加があり、全道のほか、奈良県の議員さんも含めて40名くらいの議員さんや地域で働く医師の皆さんが夕張に集まって下さいました。

夕張市民や夕張市の議員の参加が少なかったのは少々残念ですが、集まって下さった皆さんは問題意識の高い方たちだったと思います。

北海道の各地域の事例、取り組みが報告され、活発な意見交換もありました。

さすがにこのような会に出席される議員の皆さんの地域医療に対する理解や意識は高く、参加していた医療関係者の間からもそのような声が聞かれました。

このような医療現場と議会、住民、行政の連携や相互理解があれば、医療崩壊は防ぐ事が出来ると思います。

「住民の代表として地域の将来を考え、医療を守っていく」「ただ住民の要望を聞くばかりではなく、現実を認識しそれを伝えていく」「医療現場に足を運び生の声を聞き、対話をする」といった、当たり前ではありますが今の北海道ではなかなか実現していない事を考え、実践しようとしている姿には感動すら覚えました。

遠く奈良から参加した議員さんが、盛んにマスコミ報道された奈良の産婦人科問題について発言して下さったり、衆議院議員の飯島夕雁さんが忙しいスケジュールを調整して参加して下さったりと、とても中身の濃い、有意義な時間を過ごせたと思います。

懇親会でも随分盛り上がり、私も以前からインターネット等で知っていた全国的にも有名な先生方と話をする事ができました。かの有名なDrI先生とも直接話が出来て、友人に自慢してしまいました。

参加した夕張医療センターの職員も、とても刺激を受け、励まされた様子です。

第3回は会の立ち上げの中心となった上富良野町になるとの事です。

地域医療の崩壊に瀕して悩んでいる地域の方には是非参加していただきたいと思います。

この会は現場の声が聞けて、非常に実践的で現実的なアイディアやヒントが得られるので、損はしないと思います。


■8月8日

以前から私は夕張医療センターの職員の皆さんに学会への参加を呼びかけて来ました。

地域で仕事をしていますと、マンネリ化して自己満足してしまう傾向になる事を考え、自分たちの仕事を他の地域の人たちの前で話す事で評価してもらい、さらにアイディアや知識を得る事ができます。

また自分たちの仕事を活字にして次の世代に残す事にもなると考えています。

すでに6月に行われた全国のプライマリケア学会で2題の発表をしました。8月には全国老健学会で介護員の方が日頃の取組みを発表します。

今回、第15回ヘルスリサーチフォーラムという全国レベルの学会に歯科医の八田先生が応募していたのですが、無事採択されました。

他の発表は大学病院や海外との共同研究といった中での採択ですからすごい事です。

発表内容は、歯科と医科の密接な連携により、肺炎等の疾患が減るばかりではなく医療経済的にもメリットが大きいという事を、希望の杜の取り組みを例に出して検証するものです。

経済効果ばかりではなく、高齢者にとって「食事をおいしく食べられる」「食べれる物が増える」ということはQOL(生活の質)の向上にも貢献します。

歯科と連携して口腔ケアをやる事で誤嚥性肺炎が40%減少するといったデータがあります。

これを元に単純計算すると日本全体で180億円くらいの医療費削減効果がある事になります。

高度な機器や技術も大切ですが、既存の技術や知識を有効に使うだけでも少ない経費でかなりの疾患を減らす事が出来るという事です。

夕張は42.3%と日本一高齢化が進んだ市ですが、これを逆手にとって将来の高齢化社会に向けてのモデルとなる事ができます。

医療センターの各部署のみなさんが、毎年最低1題は学会発表できるように課題や問題意識を持って日々の仕事に取り組んでもらいたいと思います。


■8月15日

夕張市は42.7%と日本一高齢化が進んでいるのに保健、福祉は遅れています。それは総合病院が171床という病床を持ち、問題が病院に丸投げになっていたからです。

この問題のすり替えが医師や医療従事者の離職を生み、医療崩壊の原因にもなっていました。在宅や福祉の遅れは不安の原因になり、不必要な医療や救急を生んでいます。

夕張市立総合病院時代の入院患者の多くは社会的入院で在宅サービスは皆無でした。現在も夕張市の訪問看護ステーションは24時間体制になっていません。

つい先日も1人暮らしの高齢者が熱中症で民間の施設の介護支援専門員に発見され、施設を介して医療センターに入院しました。

この方は1カ月前に行政が把握していたのに放置されていました。「財政破綻しているから」といえば何でも許されるわけではありません。

また別の日には90歳の高齢者の一人暮らしの方が、紹介状を持ちご家族に連れられて受診しました。

「毎日市外の医療機関に通い点滴をしていたので入院させて欲しい」とのご希望でした。

紹介状を読むと特に大きな病気もなく、不安の解消のために点滴に通っているとの事でした。

高齢の方が毎日何もせず、役割もなく、水分もあまりとらずにただ病院へ点滴に行くだけの毎日ですから、弱っていくのが当たり前に思えます。

こんな状態が夕張では「ニーズ」とか「高齢者に必要な医療」と言われていて、それが出来ない事を医療の後退と言われています。

早速ご家族とも話し合い、安全な生活を送るために老人保健施設を使って歩行を主体としたリハビリテーションを開始する事にしました。

比較的元気な80代の女性が以前は薬を飲んでいたが、今は特に病院に行っていないので不安だという主訴でご家族と歩いて来院しました。驚いた事にこの方の要介護度は4でした。(要介護度3で車いすです)

以前に骨折して入院していた時の介護度のままで、平成20年7月31日に更新されていて歩ける方が「要介護度4」のままではあまりに不自然なので、市役所に電話して担当者に問いただしたところ

「介護保険は一度要介護度が決まると本人が言わない限り変わらない制度なんです」と説明されました。これは全くの嘘で、夕張市以外では通用しません。更新は要介護の状態の変化をとらえるためにやるものです。

ただ単に担当者の怠慢なのか、便宜を図って意図的に要介護度を決めているのか解りませんが、不適切な要介護認定は介護保険制度の根幹に関わる問題です。

高齢化が進んだ町で必要なのはまずは保健・福祉の充実です。それがないから医療機関に依存し、丸投げにしているから莫大な医療費がかかりますが、その割には住民の不安は消えません。

医療は目的ではなく生活のための手段であり、不安の解消のためにあるのではなくて命や健康を守るためにあるものです。

どんなに高度な医療を充実させてもその地域の平均寿命が120歳にはなりませんし、不安は解消されません。

むしろ以前の夕張のように、健康作りをしないで医療機関に丸投げにするといった弊害を生み出し、結果として不必要な医療費の増大は住民の負担という形で帰ってきます。

夕張市は以前の繁栄のせいか、破綻を受け入れていない人たちはプライドはあるらしく、周囲の町の取組みを参考にしたり、日本全体の制度の変化を受け入れません。

自治体には地域の「保健福祉計画」というのを作る義務があります。

それを元に私たちも医療に取り組むというもので、地域の保健・医療・福祉の雛型になる大切な自治体のビジョンともいえるものですが、夕張市ではそれをまだ作っていません。

やるべき事をやらないで、以前のやり方と違う事を非難するだけでは問題は解決しません。少ない人材で予算がないからこそ知恵と工夫が必要だと思います。

毎日健康作りのために歩いて、食事に気をつけて十分な水分を取って頑張っている住民を見ると、結果に責任を取らない人たちが夕張を破綻させ、再生も邪魔していると感じています。


■8月22日

夕張で仕事を始めてから、随分たくさんの方が見学や研修に来て下さいました。今日もはるばる九州から医学部の学生さんが2名研修に来て下さっていました。

夕張医療センターの研修は他の医療機関と少々違っていると思います。基本的にはまず地域を理解してもらうために夕張市の案内をしますが、夕張市の歴史や環境の良さを実際に体験してもらっています。

次に老人保健施設やデイケアを見ていただきます。時間がある場合にはそこで実際に職員と一緒に働いていただくこともあります。

夕張医療センターの中心は診療所ではなく、高齢者を元気にするための老人保健施設とリハビリテーション、在宅部門とその連携です。診療所はむしろそれらを支えるための部署だと思っています。

その他、検査部門、調剤部門、リハビリ部門といった、普段医学部では経験できない事を主体に実際に手を動かしていただいて、現場で働くコメディカルスタッフ(医師・看護師以外の医療従事者)の声を聞いてもらいます。

医療機関は医師だけでは動かないし、医師にばかり仕事が集中する事が医療崩壊の原因にもなっているし、必ずしも医療の質の向上にはつながらないと思っています。

訪問診療や町内の特別養護老人ホームに出かけたり、時には事務部門や市役所へ行って担当者と話をしたり、町のイベントに参加していただくこともあります。

外来や病棟、救急を見学しても、それはどこでも研修できる事ですし、夕張での取り組みはあまり見えてこないと思います。

非常に嬉しいのは医学部の学生さんだけではなく、研修医の方、薬学部の学生さん、福祉関係の学校の方、経済学部の方、自治体の関係者、議員の方等様々な分野の方が来て下さっています。

ほとんどの方が自らの意思で来る研修ですので、問題意識も高く、受ける側も頑張って対応してしまいます。

自治体の破綻や地域医療崩壊は、医療関係者の努力だけでは解決しません。

まちづくりに関わる様々な方がその気にならないと難しいと思っていますので、幅広い分野の方に関心を持っていただくことは大切だと思います。

研修を受けていますと、受ける側にも良い影響があると思います。緊張し、考えて、伝えるという作業は自分自身の仕事を考える機会にもなっていると思います。

実務をこなしながら研修を受けるというのは大変な事ではありますが、今後の夕張のためにも、医療センターのためにもとても大切だと思いますので、積極的に受けていきたいと思っています。

医療や福祉分野以外の方も歓迎いたしますので、是非興味がある方は事務局にお問い合わせ下さい。


■8月29日

ある日の外来での出来事でした。高齢の父親の付き添いで、50代の娘さんが一緒に外来に来ていました。

父親の診察を終えてから娘さんとしばし会話をしていると、娘さんは自宅近くの医師が一人で運営する診療所に通院しているとの事でした。

娘さんがこんな事を言っていました。

「この前の土日に、お腹を壊してひどい目にあいました。辛くて仕方ないので、近くのその先生に電話したら居てくれて、処置してくれてとても助かりました。あの先生には絶対夕張に居てほしいです。先生方もあの先生も仲間に入れてずっと夕張にいてくれたらいいのに……」

一見嬉しく聞こえるかもしれない言葉ですが、私は敢えて反論しました。

「失礼ですが、何故その日の当番医を調べて受診しなかったのですか?先生はお一人だから、土日も潰して診て下さったのですよね?」

すると娘さんが「たまたま居てくれたから。それにあの日だけですし」と答えました。

少々意地悪に聞こえるかも知れませんが、私はその娘さんに次のような事を話しました。

「私も長く一人で診療所をやっていた時期があります。あなたのようなその日だけの人が何百人もいて、結局その先生は365日拘束されることになると思いませんか? 本当にその先生に長く居て欲しいのなら、土日を休ませてあげようと思いませんか? その先生は休みもなく、家族と過ごす時間もなく、勉強のために学会にも行けず、いずれは疲弊して辞める事になると思いませんか? 夕張市立総合病院の先生方も、2人で24時間365日土日も休みなく診ていて辞めていきましたが、同じ事になるとは思いませんか?」

医師であれば休みもなくて当然だし、いつでも診てくれて患者さんの欲しい薬をたくさんくれたら良い先生で、診療以外の町の行事にも参加してくれて、眠らなくても病気もせずに笑顔で優しくていつまでもいてくれる先生が理想の先生なら、地域から医師はいなくなります。少なくともそんな先生はほとんどいないと思います。

実は厚生労働省の規定では「病院の当直は入院患者を守るためにあり、それに支障のある外来を受けてはいけないし、週1回を限度とする」と決まっています。

診療所で入院がなければその義務もありません。

労働基準法にも違反していて、それを「医師だから仕方ない」と何故か法律を守らない事が医療崩壊の原因の一つになっています。

赤ひげのような献身的な先生が頑張っていると、住民の評判も良くなり、多くの人が受診するようになります。

しかし、その先生が疲弊し、燃え尽きて辞めようとすると、署名運動が起こり、さらに気が重くなって辞めると、「先生は住民を見放した」と今度は後ろから石を投げつけます。

それを見ている若い医師たちが望んでこの地域に来るのでしょうか? 「そこへ行くと自分も同じ目にあい、使い捨てられるんだ」と考えるのが普通です。

多くの場合、次の先生が来ると住民は「前の先生はいつでも診てくれた」「もっと住民の声を聞いてくれた」と言い、途端に医療機関の評判が悪くなり、せっかくやって来たその先生が去ると、もう来る医師はいなくなります。

すると住民から、「首長の責任で医師を連れて来るべきだ」「住民は良い医療を受ける権利がある」「医師を確保できないのは道や国の責任だ」といった声が上がり、マスコミが住民の悲惨な声を伝えます。

私が書いたこの話をオーバーだとか仮定の話と感じておられる方もいるでしょうが、私はたくさんの地域でこんな事が繰り返されるのを散々見て来ました。

おそらく医師を含めた医療資源を大事にする地域には医師は来るし、病院も残ります。そう出来ない地域には医療は確保されずに、安全が保障されない地域は消えていくと思います。

夕張で目指しているのは、医師個人の頑張りや献身ではなく、普通の医師が来てもやって行けるという「住民が健康や医療を大切にする事で支えていく仕組み」だと思っています。

ここへ来て2年近くなりますが、まだまだ先は遠いのが現実です。

そんな中で夜間や休日の時間外受信が減り、仮に来ても「休みにすいません」という患者さんが増えたことが私たちの心の支えになっています。

このコラムは、無料メールマガジン「夕張市立総合病院を引き継いだ『夕張希望の杜』の毎日」の連載コラム「村上智彦が書く、今日の夕張希望の杜」を1カ月分まとめて転載したものです(それぞれの日付はメールマガジンの配信日です)。メールマガジンでは病院のスタッフ、関係者などの寄稿も毎号掲載しており、地域医療の現場最前線の取り組みが伝わってきます。メールマガジンの発行者は木下敏之氏(前・佐賀市長/木下経営研究所所長)。運営コストを除いた広告掲載料が「夕張希望の杜」に寄付されます。