たばこをやめたいと思っている人にとって、思い切って禁煙治療を始めてみるのに今は絶好のタイミングかもしれない。というのも今年は、日本初の新しい飲み薬タイプの禁煙補助薬が発売されたほか、これまで医療用医薬品だったニコチンパッチ製剤にOTC薬(オーバー・ザ・カウンター・ドラッグ,医師の処方せんがなくても購入できる一般用医薬品)が登場、薬局でも手軽に買えるようになるなど、治療の選択肢が広がったからだ。

 早速、弊社編集部でも、診療所で勧められて、発売直後の5月から新しい飲み薬バレニクリン(商品名チャンピックス)を試した記者がいる。彼の場合、これまで19年間、1日1箱(20本)のペースで吸い続けてきたというが、12週間にわたる薬の服用期間が終了した9月現在も、「吸いたい気持ちが全然起こらない」のだそうだ。禁煙治療の評価に重要とされる1年間の禁煙維持にはまだ間があるが、とりあえず初挑戦にしてはなかなかの成果に思える。

 新しい飲み薬は非ニコチン製剤で、従来の禁煙補助薬とは作用機序が全く異なる。つまり、この薬は、脳内のニコチン受容体にニコチンより高い親和性を持って結合することで、喫煙により得られる満足感を抑制するなどの効果を発揮するとされる。ただ、これは医療用医薬品なので、禁煙治療を始めるには、医療機関で処方してもらう必要がある。禁煙に挑戦してみたいが、病院に行くのが面倒くさい、あるいは時間がないという人の場合は、まず薬局に行ってニコチンパッチを購入してみるのも手だろう。薬剤師による対面指導を受けるのが望ましいが、気軽に禁煙治療を始めるにはよさそうだ。

 実際、喫煙者が禁煙の目的で医療機関を受診するのは、想像以上に敷居が高いと指摘する専門家もいる。禁煙治療は2006年4月から保険の適用になり、同年6月にはニコチンパッチも薬価収載されて、日本でも医師による治療を受けやすい環境が整った。それにもかかわらず、これまで医療機関で保険診療による禁煙治療を受けた人は、日本の喫煙者人口約3000万人のうち、わずか1~2%にすぎないと推測されている。
 
 実は保険診療で禁煙治療を受けるためには、一定の基準が設けられていて、それを満たすことが必要となる。例えば、治療対象者の条件の一つに「ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上」が挙げられているが、このハードルも意外に厳しいという。前出の記者(40代)なら「20(本)×19(年)=380」と軽くクリアしているが、喫煙期間が短い若い人、1日の喫煙本数が少ない女性などは基準を満たすことが難しく、希望しても保険で治療を受けられるとは限らない。こうした理由もあり、ニコチンパッチのOTC薬の登場は、若い人や女性、さらには医療機関の受診に抵抗がある中高生などが、禁煙治療にアプローチしやすくなるという点でも期待されている。

 今年6月には、小学生の7.2%に喫煙経験があるという、兵庫県阪神北県民局の驚くべき調査結果が報道された。さらに8月には、沖縄県石垣市で、市内の小・中・高校生の喫煙者を対象に、ニコチンパッチを無料で提供する試みを始めたというニュースが流れ、注目を集めた。

 定期的にニコチン摂取を繰り返していると、ある時期以降から脳細胞は、喫煙してニコチンを吸収することで、ようやく以前と同レベルの活動を維持できるようになる。これが「ニコチン中毒」や「ニコチン依存」と呼ばれる状態だが、成人では喫煙後5~10年で、未成年ではもっと早期にニコチン依存が形成されるという。喫煙の健康被害についてはここで言うまでもないが、大人がたばこを吸わなければ、小学生がたばこに手を出す、出せるような環境もないはずだ。

 前述した以外にも、禁煙治療にはまだ課題も少なくない。例えば、保険による禁煙治療は12週間しか認められていないこともその一つだ。もし治療終了後に再び喫煙を始めてしまった場合、再度保険による禁煙治療を受けたいと思っても、最初に治療を開始した日から1年後まで待たなければならない。とはいうものの、2007年10月に中央社会保険医療協議会(中医協)がまとめた調査結果によれば、医療機関で禁煙治療を受けた患者のうち、32.6%もの人が治療開始から1年後も禁煙を継続していたという。調査対象者はヘビースモーカーが多い(ブリンクマン指数200以上で、うち7割が500以上)ことを考えると、この数字は決して低くないように思う。医療機関、薬局、いずれを選択するにせよ、喫煙者の人はこの機会にぜひ、禁煙“治療”にチャレンジしてみてはいかがだろうか。

瀬川 博子(せがわ ひろこ)
1982年国際基督教大学教養学部理学科卒。日本ロシュ研究所(現・中外製薬鎌倉研究所)勤務を経て、88年日経BP社に入社。雑誌「日経メディカル」編集部で長年にわたり、医学・医療分野、特に臨床記事の取材・執筆や編集を手がける。現在は日経メディカル開発編集長として、製薬企業の広報誌など医師向けの各種媒体の企画・編集を担当。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術委員。