夏の終わりと共に政局、総選挙の気配である。次は誰が総理か、選挙はいつかなどすでにさんざん議論されている。筆者は政治学者でも政治評論家でもない。だが改革屋、戦略家ではある。今回は構造改革を進める立場から今後の日本政治をどうみるのか、私見を披露してみたい。

未完の構造改革

 格差問題、あるいは小泉改革の“疲れ”が議論されて久しい。さらに今は不況で「財政出動、内需拡大」の声が出る。対して「経済再生のためにこそ構造改革、財政再建が必要」という意見も根強い。だがどちらも自民党内の意見だ。民主党は自民党を批判するばかりで定見が見えない。

 筆者は、「総選挙と政権交代を何度か経て、やっと本当の構造改革が始まる」と考える。今の自民党にも民主党にも政権担当能力はない。短命内閣が続き、総選挙が何度か起こり、そこから自民党、民主党両方の改革、あるいは解体、さらに政界再編が見えてくるだろう。そういう意味ではとにかく早く総選挙をやるべきだ。理想は政界再編である。選挙と政界再編の繰り返しの中で自民党でも民主党でも長老や古い思考の政治家が淘汰されていく。従って上策は政界再編、自民・民主共に解体である。中策は民主党政権。所詮は短命に終わるがその過程で自民党の守旧派、族議員が利権を失い自民党の浄化が進む。その後の自民党に期待したい。さらにそこで民主党が自民党から政権を奪還するとすばらしい。下策は自民党内での世代交代。だがこれではたいした改革は進まず、いずれ政界再編か民主党政権になるだろう。

 要は今の自民党にも民主党にも構造改革はできない。安部政権も福田政権も短命に終わったがそれで全くかまわない。政権担当能力がないのだから当然の帰結である。今の政治で最も重要なことは、与党であり続けること、つまり利益分配の権益の維持が自己目的化した自民党の解体もしくは浄化である。そして次に公務員労組に反論できない民主党の解体もしくは浄化である。そのためには自民党内での政権のたらいまわしではなく、民主党への政権シフト、そして何よりもまず自民党がともかく一度は政権を失うことが変革の最初の一歩になると考える。

これからの争点

 わが国が必要とする構造改革は、いわゆる「壊す改革」、つまり単なる財政再建や官僚政治・利益政治の打破の域を超えている。今後の日本社会のビジョン、特に「稼ぎ」と「福祉」のあり方を明らかにした上での構造改革でなければならない。各種のデータから、筆者は国民の多くは次のような姿を望んでいると思う。

  1. 「小さな政府、自己責任」の社会よりもある程度政府が面倒を見る「高福祉」の社会を望んでいる。つまり米国型の「小さな政府」よりは欧州型の「中くらいか大きな政府」を望んでいる。ありとあらゆる分野に市場原理主義を入れることには慎重である。
  2. 年金問題や公共事業の無駄を契機に官僚組織に対する強い不信感を抱いている。ある程度の「規制緩和」や「民営化」も必要だと感じている。この意味で面倒見のいい政府は必要だが、官僚組織には期待できないと考えている。
  3. 財政再建は大事だと思っている。これは各種世論調査や例えば滋賀の新幹線新駅建設問題や大阪府の橋下改革への支持の高さからも窺える。
  4. 増税には反対する。しかし原因は「2.」に由来する。政府が信用できる存在に変われば国民は「高福祉・高負担」に応じると思われる。

 当面の政局はこうした議論とは別の要素でめまぐるしく動く。だが総選挙、政権交代を繰り返すうちにビジョンや戦略が政治の世界でもだんだん必要とされるようになる。そして以上のようなコンセンサスが次第に形成される。その上で具体的な政策の選択肢が出てくれば政治の質も上がっていく。

 先進国には飢えも戦争もない。かつてのように政府が個人の人生を大きく左右する時代ではなくなった。だから国民は選挙に行かない。だが、政府は国家戦略と社会の合意形成の要となる存在である。「たかが政府、されど政府」なのである。その意味においてわが国に必要なのは、政権交代を前提とした成熟国家の政府と政治である。

 63年前、アジアでの権益確保の戦争に負け、日本は米国の支配下に入った。それと共に皇室を実質から象徴的存在へと変換した。欧米へのキャッチアップと冷戦が終わった今、わが国は再び、同様の課題に直面している。いかにして政府をうまく解体するか(行政改革、財政再建)。そして代わりに政治の質をあげ、政府を社会の信頼の拠り所、そして今後の国家の舵取りが委ねられる機関に変えていくか(高福祉、高負担の基盤)。これが当面の構造改革と政治改革に課せられた課題である。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一 運輸省、マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。8月に『行政の解体と再生』(東洋経済新報社)を発刊。その他『だから、改革は成功する』『行政経営の時代』『ミュージアムが都市を再生する』ほか編著書多数。