前回は,ヤフーのインターネットオークションを舞台にした詐欺事件の概略と,被害者がサービス提供者であるヤフーに損害賠償を請求するにあたって,どのように主張しているのかを紹介しました。今回は,裁判所がどのような理由に基づいて請求棄却という判断を下したのかを検討したいと思います。

同意ボタンによるガイドライン表示の有効性を認める

 裁判所はまず,原告であるオークションサービスの利用者が,本件オークションサービスの利用に先立ち,ヤフーとの間の利用契約について,次のような手順で同意したことを認定しました。

  1. 特定のWebページ上で「同意する」の項目を選択して「次へ」のボタンをクリックする
  2. 「利用規約とガイドラインに同意して,入札する」のボタンをクリックするなどの方法によって本件ガイドラインが適用されることに同意する

 その上で裁判所は,「本件サービスの利用者は,本件サービスの利用につき,約款である本件ガイドラインによることに同意しており,これが利用者と被告の間で本件利用契約の内容として成立している」と認定しました。

 この点について原告側は,本件ガイドラインの規定は,利用者と被告との間で契約内容とはならず,法的拘束力を持たないと主張しました。理由は,「ページ最下部に本件ガイドラインのページへのリンクが設定されている部分があるに過ぎ」ないことです。しかし裁判所は,ガイドラインが利用契約の内容となることを認めました。原告主張の主旨が「ガイドライン全体が契約内容として成立するかどうかを争うこと」だとすると本件サービスの契約内容がきわめて不明確になること,利用者は上記同意ボタンの存在やガイドラインの内容を容易に知り得る状態であったことがその理由です。

 この結論自体は,インターネットオークションだけではなく,多くのインターネットサービスが同様の仕組みを取っていることからすると,妥当な判断だと思います。もちろん,同意ボタンをクリックする画面で,ことさらガイドラインへのリンクが分かりにくいといった場合は別ですが,一般論として,判決でガイドラインの有効性が認められたことは評価できます(注1)

 ただ,裁判所の判断でも言及しているように,ガイドライン全体の成立の有効性の問題と,ガイドラインの個々の条項の有効・無効(特に免責条項)は,別の問題となります。この事案で裁判所は,ガイドラインが利用契約の内容となることを前提とした上で,オークションサービスの利用契約の内容がどのようなものかを判断しています。

出品者情報の提供・開示や保証制度は義務ではない

 ガイドラインが利用契約の内容になるとすると,その免責条項によりヤフーが責任を負うことはないと判断されそうなものです。しかし,判決は「本件利用契約は本件サービスのシステム利用を当然の前提としていることから,本件利用契約における信義則上,被告は原告らを含む利用者に対して,欠陥のないシステムを構築して本件サービスを提供すべき義務を負っている」としました。

 ヤフー側はガイドラインの免責条項を根拠に,利用者間の取引には一切責任を負わないと主張していました。しかし,裁判所はサービス提供者に注意義務がおよそ発生しないというわけではなく,本件の場合には注意義務違反が生じるのか否かを検討した上で,義務違反が認められた場合にはじめて免責条項の適用の有無を検討すべきであるという考えを採用しました。

 一般論としての注意義務が生じる根拠は「信義則」(民法1条2項)です。根拠となる明確な条文等がない場合に義務が生じる根拠として使われる条文ですが,本件の場合に平たく言うと,ヤフーとしては,オークションサービス(システム)の提供により利益を得ているにもかかわらず,全く責任を負わないのは公平ではないということになります。

 裁判所は,ヤフーに一般的な注意義務があるとした上で,「欠陥のないシステムを構築して本件サービスを提供すべき義務」の具体的な内容は「そのサービス提供当時におけるインターネットオークションを巡る社会情勢,関連法規,システムの技術水準,システムの構築及び維持管理に要する費用,システム導入による効果,システム利用者の利便性等を総合考慮して判断されるべきである」としました。

 結局のところ,総合的な考慮ということになります。判決は「利用者に対して,時宜に即して,相応の注意喚起の措置をとるべき義務」を認めながら,「第三者機関による信頼性評価システムの導入」までは義務付けていません。「出品者情報の提供・開示について」は,その効果が疑問であること,個人情報保護法上の問題(個人情報保護法23条等),本人確認を要求すると営利事業として成り立たないなどの理由を勘案して,出品者情報を開示をしなかったことは義務違反とならないとしました。

 また,出品者と落札者が商品とお金を直接やり取りせずに,二者の間にサービス提供者が入る「エスクローサービス」を全取引に導入するよう義務付けることも,ヤフーのサービス運営に困難を強いるとして否定しました。補償制度についても,詐欺行為の事前防止に役立つものではないとして,義務の内容とならないと判断しています。

 このように「欠陥のないシステム」といっても,被害が全く起きないような完全なシステムの構築が法律上要求されているわけではありません。事業者側の費用,及び費用対効果が,具体的な注意義務を考える上で考慮されています。

義務違反が生じる余地は十分にある

 結局,本事件の場合にヤフーが負う注意義務は,「利用者に対して,時宜に即して,相応の注意喚起の措置をとるべき義務」となりました。裁判所は,ヤフーが「利用者間のトラブル事例等を紹介するページを設けるなど,詐欺被害防止に向けた注意喚起を実施・拡充してきており,時宜に即して,相応の注意喚起措置をとっていたものと認めるのが相当である」として,本件での義務違反を否定,原告の請求を棄却しました。

 なお,私が個人的に注目していたのは,ガイドラインに記載された免責条項の有効性なのですが,ヤフーの義務違反が否定されてしまったので,裁判所は判断していません。インターネット関連のサービスに関する免責条項の有効性についての裁判例は余り無く,この点の裁判所の判断を見たかった気がします。

 また,原告・被告の双方が援用していた経済産業省の「電子商取引等に関する準則」も裁判所の判断では言及されていません。この点は予想されていたことなのですが,裁判所は行政庁が作ったものは基本的に考慮しません(注2)。今回の判断が準則から大きく外れるものではないと思います。しかし,準則に従ったからと言って免責されるものではないということは,サービス提供者,利用者とも認識しておく必要があると思います。

 最後に,今回,ヤフーの責任は否定されていますが,本件の場合,ヤフーとしてはそれなりに注意喚起等の対策をやっている事案であるということは考慮する必要があると思います。いくら資金が不足しているからといって,必要な措置を講じなかった場合には,サービス提供者に義務違反が生じる余地は十分にあると思います。オークションサービス以外の事業者でも,被害が生じるようなサービスについては,この判決をよく検討する必要があるのではないでしょうか。

(注1)なお,原告は利用契約の内容が仲立契約である等の主張も行っていましたが,ヤフーが利用者間の取引に積極的に介入して取引成立に尽力するものではない,オークションの利用料はあくまでシステム利用の対価にすぎず,仲立契約,委任・請負契約等が成立するものではないと判断しています
(注2)法律の解釈は裁判所の専権だからです。このことは,電子商取引等に関する準則だけの問題ではなく,特許庁の審査基準や通達でも生じる問題です

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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。