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「中央部」からの脱却

楽しく,好きなものをつくろう

 ここから言えることは,西氏のようなマニアを満足させるクルマをつくるには,中央部から外れたところに位置するクルマを開発する必要があるということになる。それにはどうしたらよいのか。対談の中でいくつかヒントになる言葉があるように思った。

 例えば,「遊びのために所有するのだから,真剣に作るというよりも,楽しく作った方がいいのではないか」,「設計者に1億円くらい渡して好きな車を10台買って、乗ってもらう。そのうえで設計するといいのではないか」といった「提案」は,極端であるが,あるポイントを押さえているようでもある。

 また,自動車に限らず,デジタル家電分野でもそうした傾向があるのではないか,といった話に展開した。例えば,ミュージックプレーヤー分野で,日本メーカーは先行していたにもかかわらず,米Apple社のiPodになぜ敵わなかったのか。西氏は,「Appleに勝とうと思うからいけない。別に勝たなくてもいい、『オレが好きなものをつくるんだ』,という姿勢が重要ではないか」という。まさに,iPodは,CEOのSteve Jobs氏が裏側の鏡面仕上げにまで口を出して,自分の好きなようにつくった製品である。

中央部に位置する日本の製造業

 こうしたやりとりを聴いていて筆者が思い浮かべたのが,日本の製造業が高い競争力を持つ製品は,そもそも「中央部」に位置していているものだ、という指摘である(関連した以前のコラム)。縦軸に量産化の度合い,横軸に複雑度の度合いをとると,日本メーカーは,そこそこの複雑度で,そこそこの量産規模の製品で競争力が高い。自動車や精密機器,スペシャリティケミカル品などである。

 特に自動車産業では,まだまだ中央部は健在であり,将来的にも,とりわけ中国などの新興国では中央部に位置することは大きな強みであり続けるだろう(関連した以前のコラム)。ただし,特に先進国では,そこそこの特徴をもつ中央部の製品に対するニーズが減っていく可能性があるとしたら,対応または心構えが必要なのではないか,ということである。

 実は筆者は,駆動部がキーコンポーネントで,安全性が要求される自動車は簡単にはモジュラー化せず,パソコンやウオッチの様には中央部から離れることにはなかなかならないのではないかと思っているが,可能性の一つとして,または思考実験の一つとして考える価値はあると思うのである。

「常識」からの脱却?

 その第一歩は,日本(人)が「中央部に集まってくる」という現象を理解することかもしれない。たまたま,筆者が最近読んだ『グーグルに勝つ広告モデル〜マスメディアは必要か』(岡本一郎著,光文社新書)という本に関連する記述があった。それはメディアが生み出すコンテンツのあり方を論じた部分で,既存メディアが提供するコンテンツは「誰もが好むもの」に収斂し,統計的にいえば,「好みの中央値」に近いところでひしめきあってしまう,と述べた上で岡本氏は次のように書いている(本書p.166)。

 「余談ですが,これはマーケティングの世界で起きていることとまったく同じで,もしかしたら日本人というのは,戦略的に中央値から外したところに自分のポジションを置く,というのが苦手なのかもしれません」。

 それでも岡本氏は,「今後間口が無限に拡大できるネットにコンテンツの流通経路がシフトすれば,万人受けするコンテンツは尖ったコンテンツに総当たり戦で全部負け」るため,10人中8人が「まあいいいんじゃないか」というコンテンツよりも,10人中2人が「最高だ」と絶賛する一方で,8人が「クソだ」とこき下ろすコンテンツが必要になると述べている。

 つまり,歴史的または文化的な要因で日本人は,日本人なら誰でもが知っているべき「常識」(またはスタンダード)としての情報に対するニーズが高かったのが,次第に各個人またはより小さなグループだけに通じるような情報がより求められるようになってきた,ということのようである。

 製造業を考えても,これまでは日本企業が得意とする「技術」が製品の付加価値を決め,それが「常識」として求心力を持ち,その中心点に引き寄せられるように顧客が集まり.中心部を形成したと考えられる。それが一部の製品では,次第に「常識」の求心力に陰りが出てきて,多極化してきている状況なのかもしれない。

 背景には,「常識」がなくなってきている時代になってきたという状況があるようだ。「常識」がなくなってきたということは,製造業にとっては,明確な目標を決めにくくなってきたということを意味する。日本企業が培ってきたものづくり力は,明確な目標があってこそ大きな力を発揮してきた。よく言われることではあるが,「どうつくるか」に代わって,「何をつくるか」の比重が少しずつ増してきているのである。

「目標」は試行錯誤で見つける

 特にこれは,生活必需品でない製品やその要素が薄まってきた製品に顕著な現象である。例えば,デジタル化で自動車に先行するIT産業では,「イノベーションに法則はない」(『ハイエク 知識社会の自由主義』,池田信夫著,PHP新書,p.181)という指摘がある。同書の中で著者の池田氏は,Apple社のSteve Jobs氏がiPodで成功したのは,ほとんどまぐれ当たりだ,と述べている。池田氏は,政府が積極的に国際競争力を上げるような施策は時代錯誤だとしたうえで,その理由を「情報通信産業は,製造業のように目的があらかじめ決まってはいないので,正しい目的を試行錯誤によって探り当てることがもっとも重要だからである」(本書p.183)とし,参入障壁や労働市場の規制撤廃を提唱している。

 講演の冒頭で田中氏が言ったように,IT産業で起こったことが,将来的に自動車などの製造業でも起こる可能性があるとしたら,ユーザーのきまぐれな「好み」に向き合いながら,どんな製品が受け入れるのかの検討のサイクルをこれまで以上に速めなければいけない。それは,中央部,周辺部という分類すら意味のない状況下で,地図なしに暗中模索で宝探しをするような作業なのかもしれない。

「常識」は変化する

 「常識」がなくなってきたのかもしれない,と述べたが,それは国民または市民レベルの大きな集団で,普遍的な「常識」が揺らいできたということであって,「常識」はその変化のスピードを上げ,または,ある層,あるグループといった小集団ごとに形を変えて残るということだとも考えられる。これからの製造業とは,そうした変幻自在な「常識」を探し求める存在になっていくのだろうか。

 西氏は,対談の最後に,軽自動車「コペン」(ダイハツ)に2Lのエンジンを積んで,安全ボディにしたうえで時速250km出るようにするという案を紹介し,次のような言葉で締めくくった。「いかれた奴の発想だと思うかもしれませんが,10年後にはこんなクルマが出ているかもしれません。昨日の常識は今日の非常識。今日の常識は明日の非常識なのです」。

この記事は「Tech-On!」で連載中の『藤堂安人の「材料で勝つ」』から転載したものです。バックナンバーはこちらからご覧いただけます。
(藤堂 安人=電子・機械局主任編集委員)  [2008/09/12]

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