1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,2007年に至るまでの生活を振り返って,週1回のペースで公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。

 打ち合わせを終えて帰宅する。時計を見ると21時ちょっと前であるが,すでに26時間近く起きたままなのでそろそろ眠い。しかし腹が減った。そこでひさしぶりに外食を決意する。いろいろ考えたあげく,家から歩いて3分のところにあるマクドナルドに行く。仕事を終えて疲れて寝る前の食事がジャンク・フードだというのは自虐的な感じがして,それはそれで心地よいものだ。

 ハンバーガーと飲み物を頼んでいる途中で,メニューの下のほうに書いてある「なんとかセット」に目が行く。これにすると少し安いらしい。注文を訂正して,セットの飲み物をレギュラー・サイズに,と伝えると,そこで店員が一言。「申しわけありません,セットのお飲み物はスモールのみとなっております」。仕方がないので最初の注文に戻す。こういうとき私はひとこと言うことにしている。「そういう制限事項があるなら,そう書いといてほしいな」。改善に役立ててほしいからである。実を言うと私は数字にとても弱い。にもかかわらず,注文のどれかを入れ替えることで,セットの条件に該当すれば数十円安くなるのではないかという知恵だけは働くので,なおさらはがゆい思いをするのだ。「おまえが頭が悪いからだろう」って? そうかもしれないが,私の立場からすれば,「サービス内容が複雑すぎる」のである。

 そういえば前にも似たようなことを感じたっけ。知人がパソコンを買いたいのだが,どれぐらい予算が必要だろう,と相談してきた。私はあるメーカーのホームページで見積もりを試みた。どうやらサービス・キャンペーン期間中のようである。対象の商品を選んで,不要なオプションをできるだけ削ってどこまで安くあがるかを調べることにした。ところがである。「キャンペーン対象の商品では,そのオプションは変更できません」や「この機能についてはAかBのどちらかを必ず選択してください」といった意味合いのメッセージが次々に出てくる。あまりにうっとおしいので嫌気がさしてやめてしまった。

 そして,もう一つ。今度はインターネットの接続プロバイダに関してである。私が利用していたドリームネットはOCNに吸収合併されたので,旧利用者は既存のOCN利用者とは別の「OCNドリーム」という名前でサービスを受けている。初めにほめておくと,この「ドリームネット」から「OCNドリーム」への移行は実にスムーズで,少なくとも私の場合はメール・アドレスの変更もなかったし,ルーターの設定変更も必要なかった。大手同系列同士の吸収合併は違うな,と思ったものだ。ある日,一通のDM(ダイレクト・メール)が届いた。OCNドリームからOCNのブロードバンド契約への移行キャンペーンを行うというのだ。

 詳しいことを調べようと,そこに書いてあったURLにアクセスしてみる。ところが,である。DMと同じ文言の乗り換えキャンペーンのメリットがでかでかと書いてあるのはいいとして,具体的にどうしたらよいのかがよくわからない。「○○がおトク!」というのは,いったい料金体系がどう変わることにより得なのか,契約先はどう変更になるのか,申し込みから切り替え完了までの流れはどうなっているのか,そう思って次々とリンクをたどっていくのだが,時に元の画面に戻ったりしてしまい,一向にらちがあかない。

 しばらくサイトと格闘したあげく,私はあきらめて「お客様お問い合わせ先」なる電話番号にダイヤルする。「ドリームネット事務局」,OCN内にある「OCNドリームの担当部署」,移行先の「OCN」,「NTT東日本」と,一通り電話してようやくわかったのは,「ホームページにある申し込み用紙(PDF)に記入して郵送なりFAXなりすれば手続きが始まる」ということである。

 やれやれ。何のためのWebサイトなのだろう。無節操な相互リンクと「○×はこちら」というリンクがわかりにくさに拍車をかけている。良識あるデザイナだったら,少なくとも飛び先がどこのサイトなのかがわかるようにすべきである(「詳細はこちら→『NTT東日本の光フレッツのサイト』」のように)。

 もちろん職業柄,システム運営側の苦労もわかる。システム発注側はよく「さまざまな要求に応えられるように汎用的に設計してくれ」というが,企画とか営業の担当者というのは,システム設計者がおよそ考えもつかないようなキャンペーンとかイベントを思いつく。彼らが思いつく限りのことができるシステムを,彼らが想定している予算と期間の範囲内で開発するなんてできるものではない。しかしそれを差し引いても,Webサイトには高画質の画像やフラッシュで踊るキャッチ・コピーより大事なものがもっとたくさんあるはずだ。

 例えば,世の中のさまざまなサービスについて,もっと統合的に面倒を見てくれるメタなサービスを提供するシステムがあったらいいのにと思う。「こういう目的でこれがほしい」と言ったら,最適な方法を教えてくれて,場合によっては「この要望を少し変えればもっと安く(あるいは便利に)なりますよ」とタイムリな情報を交えて個別にアドバイスしてくれるシステムである。

 その後,しばらくして私はまたマクドナルドにお世話になった。どうやら前回とは違うキャンペーンをやっているようだ。そこでカウンタでこう言ってみた。「○○バーガーとコーラがほしいんだけど」。そうするとすかさず「それでしたらこちらがお得です。こちらにお安いセットもありますが,そうするとお飲み物はSサイズだけになります」。私は迷うことなく注文を済ませてテーブルについた。どうやら私は大事なことをすっかり忘れていた。「システムも大事だけど,やっぱり人間だよな」。そう。カウンタの向こうにいるのは御用聞きマシンではなくて,生身の人間だったのである。