リース会社がディーラーからハード/ソフトを購入してユーザー企業に一定期間貸し出す「リース取引」で,ハード/ソフトに不具合があった場合,ユーザー企業はリース会社にリース料を支払い続けなければならないのだろうか。答えはYes。その根拠は何だろうか。

 建具販売会社の高建は,コンピュータ・ディーラーの日本インテリジェントターミナルが販売するオフィスコンピュータ(オフコン)と同社が開発したプログラムを使用するため,リース会社のセンチュリー・リーシング・システムとリース契約を締結した。

 リース契約を締結した時点では,オフコンは納品されていたものの,プログラムはまだ納品されていなかった。しかし,なるべく早くシステム代金を受け取りたかったディーラーが「数日中にプログラムを引き渡す」旨を記した念書を提出したので,高建はリース会社に対して「システム一式を受領した」ことを示す借受書を交付。第1回目のリース料金を支払うとともに,2回目以降の支払いに充てるために71枚の約束手形を振り出した。

 リースに必要な手続きが整ったため,リース会社はシステム代金をディーラーに支払った。その後,ディーラーはプログラムを高建に納入したが,プログラムには重大な瑕疵があり,修正しても使用に耐えるものにはならなかった。

 そこで高建は「リース物件に瑕疵がある」ことを理由に,リース契約を解除してリース料の支払いを拒絶。これに対してリース会社側は,リース料金債権保全のために高建が所有する財産の仮差押えに踏み切った。

 高建は仮差押えの取り消しを求めて控訴したが,東京高等裁判所は(1)プログラムが引き渡されていないのに事実に反する借受書を交付してリース会社に売買代金を支払わせたこと,(2)リース契約にはリース会社の瑕疵担保責任を免責する条項があること――の2点の理由から,「高建がリース物件の瑕疵を主張してリース料金の支払いを拒絶することは信義誠実の原則に反するものであって許されない」と判示。高建の控訴を棄却した。(東京高等裁判所1986年7月 17日判決,金融・商事判例751号8頁)

 企業が情報システムを構築する場合,ハード/ソフトをリース会社から借りる「リース取引」の形態をとることは多い。しかし,納品されたプログラムに瑕疵があった場合,冒頭で挙げた判例のように「リース料を支払え」,「使えないのだから支払えない」というリース会社と企業間のトラブルに発展することがある。そこで今回は,リース契約におけるリース会社の義務と責任について説明したい。

レンタル契約とリース契約

 コンピュータが企業で利用され始めた1950年代は,ユーザー企業がメーカーからハード/ソフトをレンタルで借りて使用するのが普通だった。レンタル契約では,メーカー側は「貸主」として,ハード/ソフトが仕様書どおりであることを保証して引き渡し,不具合があるときは修繕する。また,天災などの不可抗力で損傷したときには,その修理費用もメーカーが負担する。

表1●民法が定める動産賃貸借契約における義務・責任・負担
表1●民法が定める動産賃貸借契約における義務・責任・負担

 一方,ユーザー企業は「借主」としてハード/ソフトの賃料を支払い,契約が終了したらハード/ソフトをメーカーに返還する。この形態は,民法が想定する典型的な「賃貸借契約」に基づくものだ(表1)。

 1960年代になると,リース会社による「ファイナンス・リース」が登場してきた。これは購入資金のないユーザー企業に替わって,リース会社がハード/ソフトをメーカー/ディーラーから購入し,ユーザー企業に一定期間貸し出すものだ。リース会社が投下した資金と利益は,リース期間中にリース料として回収する。実質的には「金銭消費貸借契約」(金融機関から融資を受ける借入契約)に相当するものである。

 リース料は,リース会社のハード/ソフト購入代金,固定資産税,保険料,金利,事務経費,利益を考慮したうえで設定される。全リース期間に渡って支払われることが前提なので,中途解約は許されない。

 リース期間が無事終了すれば,リース会社は全費用を回収し,利益を得ることができる。リース期間終了後はユーザー企業がハード/ソフトをリース会社に返却。ユーザー企業が再リースを希望するときは,それまでのリース料金の10分の1~12分の1という安い再リース料金で使用できるのが通例だ。さらに,低価格でハード/ソフトを買い取る権利をユーザー企業に与える場合も多い。

 リースでは,ハード/ソフトがメーカー/ディーラーから直接ユーザー企業に引き渡されるのが通例だ。ユーザー企業は,ハード/ソフトがきちんと引き渡されたこと,およびハード/ソフトに瑕疵がないことを確認して借受書をリース会社に発行。この借受書を信頼して,リース会社はメーカー/ディーラーに売買代金を支払う。

瑕疵担保責任の免責

図1●センチュリー・リーシング・システムの瑕疵担保条項
図1●センチュリー・リーシング・システムの瑕疵担保条項

 冒頭の判例に登場するセンチュリー・リーシング・システムのリース契約書には,「リース物件の瑕疵をリース会社に通知しないで借受書を発行した場合には,リース会社に対し瑕疵の存在を主張できなくなる」という規定があった(図1)。東京高等裁判所は,この瑕疵担保に関する規定を有効と判断して,ユーザー側の訴えを退けたわけである。

 リース契約では一般に瑕疵担保責任だけではなく,物件引き渡し,不完全履行の責任,修繕義務など民法が賃貸人の義務・責任・負担とするすべての事項(表 1参照)を,ユーザー企業(賃借人)側の責任としている。「民法では,引き渡し責任や瑕疵担保責任,不完全履行の責任,修繕義務などが賃貸人に課せられることになっている。これと異なるリース契約書は有効なのか」と疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし,民法のこれらの規定は「任意規定」なので,民法よりも契約書が優先される。つまり,こうした契約は有効なのだ。

 ただし,リース会社とメーカー/ディーラーが緊密な提携関係にある「提携リース」の場合には,リース会社も責任を免れない。例えば,エスコリース(すでに倒産)とユーザー企業がリース料の支払いを巡って争った事件で仙台高等裁判所は「ユーザー企業に対するディーラー(ミクロ経理,すでに倒産)の契約不履行にもかかわらず,ディーラーと提携関係にあるリース会社(エスコリース)がリース料金を請求するのは信義誠実の原則に反するため,権利の濫用であり許されない」と判示している(仙台高等裁判所 1992年4月21日判決,判例タイムズ 811号140頁)。

辛島 睦 弁護士
1939年生まれ。61年東京大学法学部卒業。65年弁護士登録。74年から日本アイ・ビー・エムで社内弁護士として勤務。94年から99年まで同社法務・知的所有権担当取締役。現在は森・濱田松本法律事務所に所属。法とコンピュータ学会理事