情報システムの構築やその運用を外部企業に依頼するのには大きなリスクがつきものだ。作業に着手してしまえば,途中での交代は難しい。それだけにパートナを選定するのには,しっかりした手順と覚悟が欠かせない。普段から付き合いがあったり,円満な関係にある取引先企業であればあるほど,冷静な評価と判断が何物にも優先する。見積価格の差は選定要因として重要だが,「価格差は品質の違い」でもあることを認識しておかなければならない。

本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なる部分もありますが,この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

 専門学校大手のA法人は,5年ほど前から事業方針の転換に取り組んできた。A法人はかつて,高校生や浪人生を対象とする受験予備校として高い評価を得ていた。充実したカリキュラムや優秀な講師陣を揃えた運営体制が理由である。しかし少子化による生徒の減少,有名講師の引き抜きによる人件費の高騰,偏差値教育に対する世の中の批判の高まりなどによって経営状態は急激に悪化し始めた。

ゼロからの新規事業開拓を決断

 これまでは,特別な宣伝活動をしなくても評判や口コミだけで申し込みにやってきた受験生も,最近はなかなか集まらない。こうした変化の前にA法人も手をこまぬいていたわけではなかった。授業の質の向上や個人指導の徹底をはかれるように講師陣とスタッフの強化,地域間の格差をなくすために衛星放送を使った遠隔授業の導入,成人向けに趣味の専門講座の新設など,経営の多角化努力を続けてきた。

 しかし社会環境の変化や長引く景気低迷による雇用情勢の不安もあって,教育産業の需要は,資格取得や専門技能を身に付けるための専門学校へと流れが変わってきている。そこでA法人でも,ゼロからの新規事業開拓が急務だった。この新規事業開拓を主眼とする第3次経営改革への取り組みが,この3月にA法人の理事会で審議され,承認された。

 第3次経営改革が経営会議で承認されたのを受けて,A法人のコンピュ-タ・システム再構築が決まった。再構築作業は,通信系インフラ・システムの整備と,顧客管理および業務管理システムを中心とするアプリケーション領域の二つに分けて行うことになった。

 作業分担の大枠を決めたのは,情報システム担当のN理事とシステムグループのSマネジャである。情報システム担当であるN理事は,3年前に会計システムの再構築の経験もあるだけにA法人内部でも一目置かれていた。時折訪ねてくる情報システム・サービス会社の営業や技術の担当者との接触もあり,ライバル校の取り組みや最新のIT技術に関する知識もあった。

 それから2カ月後,A法人のシステム整備計画がまとまった。今回のシステムで実現すべき機能やスケジュール,予算規模,社内体制などが理事会で承認された。この計画に基づいて情報システム・サービス会社に提案要請をすることになった。

 A法人の情報システム担当グループでは,10名ほどの社員が日常的にシステムの維持・運営管理業務をしている。新規案件への取り組みは,その時々の必要に応じて中堅情報システム・サービス会社であるD社に協力を求めながら行って来た。

 今回は,D社に加えてこれまで取引のなかった情報システム・サービス会社にも見積もりを打診することになった。今回の投資は,A法人創立以来の大きな規模になるので,複数の情報システム・サービス会社の見積額と実力を見極めようという狙いである。